ひとつ屋根の下――2
母さんから返信が届いたのは、昼休み。図書室で、望愛と一緒に図書委員会の仕事をしているときだった。
『母:全然構わないわよー』
「嘘だろ?」
LIMEを確かめた俺は、本棚にしまおうとしていた本を床に落としてしまう。
動揺するのも無理はない。きっと母さんはお泊まりに反対してくれると、信じて疑わなかったのだから。
「ノリくんママからのお返事? お泊まり、OKしてくれた?」
「ちょ、ちょっと待った! 確認してくる!」
このままでは、本当に望愛が泊まりに来てしまう。望愛の問いかけに対して答えをはぐらかしつつ、母さんを問い詰めるために図書室を出た。
一緒についてきた望愛の隣で、母さんに電話を掛ける。
『紀樹? どうかしたの?』
「なんで許可したんだよ!」
『そっちがお願いしてきたのに!?』
開口一番、文句を付けられて、母さんが愕然とした。
母さんの言い分はもっともだし、理不尽なことを口にしている自覚はある。ただ、望愛のお泊まりを阻止するために、なりふり構っていられない。
内心で謝りながら、母さんへの物言いを続行する。
「俺も望愛も、もう子供じゃないんだぞ? お泊まりなんてダメだろ。間違いが起きたらどうするんだよ?」
『たしかに、一般論ではそうでしょうね』
「だったら……」
『でも、紀樹と望愛ちゃんなら問題ないわよ。紀樹は望愛ちゃんのことを大切に思っているし、望愛ちゃんもいい子なんだから。間違いなんて起きないでしょ』
「ぐ……っ」
母さんが考えているように、俺が望愛に手を出すつもりはない。懸念しているのは、望愛が襲ってくる可能性だ。
望愛が痴女化していることを母さんは知らない。だからこそ、問題ないと考えているのだろう。
母さんを説得するには、望愛の痴女化を明かさないといけない。しかし、そんなことをしたら望愛の心証を損ねてしまう。それは避けたい。
どっちを選んでもマズいじゃねぇか。どうすればいいんだよ……。
正解のない二者択一に、口をつぐむほかにない。
俺が反論できずにいると、母さんが続けた。
『道徳心とか一般論とか抜きにしたらさ? 望愛ちゃんのお泊まり、本当は紀樹も嬉しいんじゃない?』
「まあ、否定はできないけど……」
『それならいいじゃない。それに、お母さん、今年のゴールデンウィークは帰れそうになくてね? 望愛ちゃんがいてくれたら、紀樹が寂しがらずに済むんじゃないかなって思うの』
「母さん……」
母さんの声色は、先ほどよりもワントーン下がっていた。おそらくは、罪悪感によるものだろう。
柳父家は母子家庭なので、稼ぎ手が母さんしかいない。母さんが精力的に創作活動を続けているのは、『マンガを描くのが好きだから』だけでなく、『俺に不自由な思いをさせたくないから』でもあるのだ。
しかし、仕事を頑張れば頑張るほど、俺と過ごす時間は少なくなってしまう。薄々勘づいていたが、母さんはそのことを申し訳なく感じているらしい。
母さんの気持ちはわかる。俺のためを思ってくれているのも嬉しい。だからこそ、言い返しにくいんだよなあ……。
『そういうわけだから、お母さんは全然OKよ? 望愛ちゃんにも伝えておいて』
「か、母さん、待っ……」
『じゃあねー』
俺の無言を『納得した証』と受け取ったのか、母さんが電話を切ってしまった。
慌てても後の祭り。スピーカーから聞こえるのは、『ツー、ツー』という電子音だけだ。
「ノリくん、ノリくん」
顔をしかめて消灯したスマホの画面を睨んでいると、望愛が制服の裾をクイクイと引っぱってきた。
振り向くと、満面の笑みを浮かべる望愛と目が合う。すぐ側にいたので当然ではあるが、母さんがお泊まりの許可を出したことは、望愛に筒抜けのようだ。
「お泊まり、いいよね?」
「…………」
「いいよね?」
渋る俺に、笑顔のまま迫る望愛。
母さん、英一さん、望愛が賛成している現状、俺ひとりが反対したところでなにもできない。わがままにしかならないだろう。
それに、母さんが指摘したとおり、なんだかんだ俺も、望愛とのお泊まりにワクワクしているんだよな。
諦めの息をついて、頷く。
「わかったよ。降参だ」
「やったーっ♪」
お泊まりを承諾してもらった望愛がピョンピョンと飛び跳ねる。テンションが上がりすぎた犬みたいな喜び様だ。
あれほどお泊まりを阻止しようとしていたくせに、嬉しがる望愛を眺めていると、ついつい口元が緩んでしまう。
「ままならないよなあ、まったく」
苦笑とともに呟いた。
やっぱり俺は、どこまでも望愛に甘いみたいだ。




