ひとつ屋根の下――1
四月が終わって五月になった。
「明日からゴールデンウィークだね、ノリくん」
いつも通りふたりで登校する道すがら、望愛が話を振ってくる。
「なにか予定あったりする?」
「特にはないな。母さんが忙しすぎて帰省する暇もないし、普段の休日と同じように過ごすつもりだ」
「だったら、提案……っていうか、お願いがあるんだけど……」
「なんだ?」
尋ね返すと、はにかみながら望愛が言った。
「ノリくんのお家にお泊まりしたいな」
「却下」
「ええっ!? なんでダメなの!?」
「なんでダメじゃないと思ったんだよ……」
驚いた望愛が、まん丸の目をさらに丸くする。
大きく溜息をついて、俺は諭した。
「いいか、望愛? 交際しているとかの特別なケースを除いて、女性が男性の家に泊まるのはよくない」
「でも、むかしはよくお泊まりしてたじゃん!」
「それはお互いに子供だったからだ。高校生になったいまは、流石にマズい。万が一ではあるけれど、過ちが起きてしまうかもしれないんだから」
「えっ? ノ、ノリくんが、あたしに手を出しちゃうかもしれないってこと?」
「違ぇわ! 逆だ! 望愛が手を出してこないか不安なんだよ!」
「や、やっぱり、ノリくんも男の子なんだ……けど、ノリくんが相手なら、あたしは……」
「話、聞いてくれます!?」
茹だったみたいに真っ赤な顔で、望愛がモジモジする。トリップでもしているのか、こちらの声は届いていないようだった。
どうなってるんだよ、望愛の貞操観念は!? 話が通じなさすぎて、頭が痛くなってきたんだが!?
煩わしさのあまり、こめかみがピクピクしている。ガシガシと乱雑に頭を掻いて、俺は望愛に指摘する。
「大体、お泊まりなんて英一さんが許すわけないだろ」
「パパはOKしてくれたよ?」
「なんだと?」
返ってきた答えは予想だにしないものだった。英一さんが許可するなんて夢にも思ってなかったので、俺は目を剥いてしまう。
ギョッとする俺に、望愛がコクリと頷きを見せる。
「『紀樹くんのほうさえよければ、僕は構わないよ』だってさ」
「なに考えてるんだ、あのひとは!?」
頭を抱えずにいられなかった。
前に話をした際、『きみになら望愛を任せられる』と英一さんは言ってくれた。お泊まりの許可を出したのは、俺を信頼しているためだろうか?
それでも、年頃の娘さんを男の家に泊まらせるのはいかがなものですかね!? 信頼してくれるのは嬉しいけど、少しは疑ってもらわないと困るんですが!?
心のなかで英一さんにクレームをつけつつ、焦燥感を募らせる。
英一さんが許可するはずがないと思っていたのに、当てが外れてしまった。よくない流れだ。望愛のおねだりを断る理由が、ひとつ失われてしまった。
平静さを失いかけた俺は、深呼吸して頭を冷やす。
い、いや、落ち着け。英一さんが望愛側についたのは予想外だけど、お泊まりするには、互いの保護者が同意しないといけないんだ。まだ母さんの許可がいる。いくらなんでも、母さんまでOKすることはないだろう。
考えをまとめて、俺は望愛に答える。
「わかった。望愛のおねだりを聞こう」
「本当!?」
「ただし、母さんが許してくれたらだ。お泊まりするには母さんの許可も必要だからな」
「うん! もちろんだよ!」
「母さんがダメって言ったら、諦めるんだぞ?」
念を押してから、スマホを取り出す。
『紀樹:ゴールデンウィークに望愛がお泊まりしたいって言ってるんだけど、ダメだよな? あっちの親御さんは許可してくれてるみたいだけど、流石にダメだよな?』
母さんにLIMEを送って、ふぅ、と息をついた。
仕事中だろうし、母さんから返信が届くまでには時間がかかるだろう。まあ、答えはわかりきってるけど。許可なんてしないだろうけど。
……言っておくが、フラグじゃないからな?




