偶発的・押してダメなら引いてみろ――5
自然公園の隣には動物園があり、自由行動のあいだは好きに入園できる。多くの生徒がそうしているように、昼食後、俺と望愛も動物園を訪れていた。
「見て、ノリくん! レッサーパンダ!」
「そうだなー」
「あ! あの子、二本足で立ってる! 可愛いーっ!」
「そうだなー」
「ご飯を洗うところも見たいなー。あれ? レッサーパンダは、アライグマと違って洗わないんだっけ?」
「そうだなー」
「……ノリくん、なんか上の空じゃない?」
訝しむように、望愛が眉をひそめる。
ハッとした俺は、慌てて首を横に振った。
「そ、そんなことないぞ! いつも通り! 平常運転だ!」
「そう? ならいいけど」
小首を傾げてはいるが、一応は納得してくれたようで、望愛が追及してくることはなかった。
望愛に気づかれないよう、こっそり胸を撫で下ろす。
そんなことないと言ったけど、実は嘘だ。望愛との会話は、ほとんど耳に入ってなかった。
なにしろ、『望愛に避けられているかもしれない』という懸念が、俺の思考リソースを奪っているのだから。
振り返ってみれば、自然公園までの道中、俺に上げさせようとしていたファスナーを、望愛は自分で上げた。あのときも、どこかよそよそしかったように思える。
おかしいのはそれだけじゃない。現在の距離感もそうだ。
望愛はいま、俺からひと一人分離れて歩いている。いつもなら、寄り添うぐらい近くにいるというのに。
やはり、望愛は俺を避けて――
思いかけて、悪い想像を追い払うべく、ブンブンと勢いよく頭を振った。
い、いやいや、思い過ごしだろ。いつもべったりくっついてくるんだぞ? 誘惑だってしてくるんだぞ? そんな望愛が、俺を避けるわけがない。俺が勝手に勘違いしてるだけ。『避けられてる』と思い込んでるから、そう感じるだけ。認知バイアスってやつだ。
全力で自分に言い聞かせる。
現実逃避な気もするが、きっとそれも勘違いだ。というか、勘違いだと思わないと、正気を保てる自信がない。
そうやって自分を鼓舞しているうちに小動物エリアが終わり、続いてやって来たのはネコ科エリアだ。
俺と望愛を出迎えたのは、百獣の王ことライオンだった。
ライオンたちは、いずれもゴロゴロと寝そべっている。『百獣の王』よりも『休日のおじさん』の呼び名が似合いそうな、ぐうたら加減だ。
「あ、あわわわ……」
それでも、望愛にとっては充分すぎるほどの迫力らしい。スマホのバイブレーションみたいに、ブルブルと小刻みに震えている。
度を超えた怖がりように、思わず苦笑してしまった。
「そんなに怖がることないだろ。見た感じ、のんびりしてるぞ?」
「で、でもぉ……」
「大丈夫だって。檻もあるんだし」
励ましてみるが、怖いものは怖いらしく、望愛の震えは止まらない。涙目になって、へにょんと眉を寝かせている。
そんな望愛の怯え様が、狩猟本能をかき立ててしまったのかもしれない。
『グオォオッ!!』
「ぴょあぁっ!!」
寝転がっていたライオンの一頭が起き上がり、咆哮を轟かせた。
ビクゥッ! と望愛が震え上がり、怖じ気づくように後退る。
ハプニングは続いた。
ライオンの檻は段差を下りて眺める造りになっているのだが、後退った拍子に、望愛がその段差に躓いてしまったのだ。
「きゃっ!?」
「危ない!」
咄嗟に望愛の背中に腕を回し、抱きしめるように引き寄せる。
なんとか倒れる前に助けられた。腕のなかに望愛がいることを確かめて、安堵の息をつく。
だが、ホッとしたのも束の間、予想外の出来事が起きた。
「ひゃ、ひゃうっ!」
「おわっ!?」
望愛が両手で俺を押し退けてきたのだ。まるで、拒絶するかのように。
思いも寄らない望愛の行動に、愕然とするほかない。
「の、望愛?」
「あ、えと、ゴ、ゴメンね、ノリくん。押し退けちゃって」
「い、いや、気にするな」
「ノリくんがいなかったらケガしちゃうとこだったよ。助けてくれて、ありがとう」
「そ、そうか。無事ならよかった」
望愛が両手を合わせて、謝罪と感謝を伝えてくる。受け答えしながらも、俺は心ここにあらずだった。
『悪い想像』は、想像ではなく事実だったようだ。もう誤魔化せない。目を逸らせない。
思い過ごしじゃなかったんだ……俺は、望愛に避けられている。
思い至った途端、パイルバンカーをぶち込まれたようなショックが、俺のメンタルを襲う。
途方もない精神的負荷に、立ちくらみがした。




