早とちり――9
「えへへへ。ノーリくん」
「なんだ?」
「呼んでみただけー」
翌日の望愛は、朝っぱらからご機嫌だった。顔を合わせたときから、いつにも増してベタベタしてくる。教室に向かっているいまも、俺の左腕にピッタリと身を寄せていた。
「お、おい、くっつきすぎじゃないか? 周りの目もあるんだから、やめてくれよ」
「えー? 気にすることないじゃん。あたしたち、親公認の仲なんだし」
「たしかに、英一さんに信用してもらえたけどさ……」
どうやら望愛は、お互いに相手の親から仲を認めてもらえたのが嬉しいようだ。俺としても喜ばしいことだけど、こんなにも舞い上がるものだろうか?
「うーん……」と唸っているあいだに、教室に到着する。
「ん? おっすー、紀樹」
「おお、遊々子か。おはよう」
教室に入ろうとしたところ、同じタイミングで廊下に出てきた遊々子と、ばったり出くわした。
俺に挨拶をした遊々子が、望愛に微笑みかける。
「内木さんもおはよー」
「お、おはようございます」
どこか緊張した様子で挨拶を返した望愛は、迷うみたいに視線をさまよわせてから、意を決したように唇を引き結んで――
「んっ!」
「おわっ!?」
ひしっと俺に抱きついてきた。
突然のハグにギョッとするなか、まるで勝負を挑むかのように、望愛がキッと遊々子を見据える。
望愛の行動に理解が追いつかない。俺の頭はクエスチョンマークでいっぱいだ。
対して遊々子は、なにやら得心がいったようで、「ほうほう」と頷いている。
「なるほどね。そういうことかぁ」
面白い見世物に出会ったとばかりにニヤニヤ笑って、遊々子が俺に話を振ってきた。
「この前の土曜日はありがとね、紀樹」
「カレーを作りに行ったことか? お礼なんていいぞ? いつものことだし」
「いやいや。感謝を伝えるのは大切だよぉ? お礼に、またブラでも見せてあげよっか?」
「はあ?」
「あぅっ!?」
突拍子もない遊々子の提案に、俺は眉をひそめる。なぜだかわからないが、望愛がショックを受けていた。
「あの日も見せてあげたじゃん? 紀樹になら構わないよぉ? いくらでも見せてあげる」
「見せる方向で話を進めるな。お前の下着になんて興味ない」
「またまたー。遠慮しちゃってー」
「一〇〇パーセント本音だが?」
遊々子のダル絡みに、俺は溜息をつく。
こいつ、あの日の自分の言動を忘れたのか? 俺が遊々子の下着に興味ないってこと、わかってるはずなんだけどなあ。
ガシガシと頭を掻いて、指摘する。
「遊々子はわかってるだろ? 俺がお前のことを異性として見てないって。ブラの件も、俺をからかうためにお前が勝手に見せつけてきたんじゃねぇか」
「うんうん、そうだよねぇ。ボクも紀樹のこと、異性として見てないしね」
「…………はぇ?」
俺と遊々子の話を聞いていた望愛が、寝耳に水とばかりに目をパチクリさせる。
キョトンとする望愛に、遊々子がニッコリ笑いかけた。
「そういうわけだからさ? 安心していいよ?」
「ふぇ? あ……ぅ……?」
望愛は口をパクパクさせて、逆上せたみたいに顔を真っ赤にして――
「えと、あの、その……ご、ごめんなさぁ――――――い!!」
「望愛!?」
脱兎のごとく走り去ってしまった。
望愛の奇行に、俺は呆然と立ち尽くす。
「どうしたんだ? 望愛のやつ」
「さあ? どうしたんだろうねぇ?」
俺がポカンとする一方、おかしくてしかたないとばかりに、遊々子はクスクスと笑っていた。
「いやぁ、可愛い子だねぇ」




