早とちり――7
気持ちを切り替えて、ゲームに意識を戻す。
三戦目で優勢なのも、もちろん俺だった。望愛の行動を読み切って、攻撃を捌き、HPを削っていく。
三度ピンチに陥った望愛は、またしてもダーティープレイに手を出した。
「ふぅー」
耳に吹きかけられる望愛の吐息。背筋をゾワゾワしたものが走る。
しかし、今回は望愛の思い通りにならなかった。
「甘い!」
「ふゃっ!?」
隙を突こうと繰り出された攻撃をガードして、カウンターを決める。
ピンチになったら、また望愛は妨害してくるだろう。俺はそう読んでいた。わかっていれば、心構えができる。耐えることは可能なのだ。
「な、なんで動揺しないの!?」
「同じ手は通用しないってことだ! てか、やっぱりわざとやってたんじゃねぇか!」
「わわわわざとじゃないもん!」
慌てふためき、『語るに落ちる』のお手本みたいなリアクションをする望愛。
攻めの手を緩めず、俺は着実に望愛を追い込んでいく。
「え、えい!」
「く、ぉっ」
焦った望愛は、俺の脇腹をツンツンとつついてきた。もはや、なりふり構わずだ。
新たな妨害に怯みそうになるが、覚悟していたおかげでなんとか持ちこたえる。
むしろ、この妨害は望愛にとっての悪手だった。妨害行為に意識を割いたせいで、キャラの操作がおろそかになってしまったのだから。
「せいっ!」
「ああっ!?」
望愛の攻撃を弾いて、コンボの初段を当てる。このままコンボをつなげれば、俺の勝ちだ。
だが、甘かった。望愛の執念は、俺の想像を超えていた。
「わ、わー! よろけちゃったー!」
これ以上ないくらいわざとらしく、望愛がこちらにしなだれかかってくる。
まるで狙ったかのごとく――いや、おそらくは狙い通り、スイカサイズの豊胸が、俺の前腕にむにゅりと押し付けられた。
「っ!?」
妨害に屈さないように構えていたが、男の性というやつか、反射的にそちらに目をやってしまう。
見てしまったら、もうおしまいだ。吸い込まれそうなほど深い胸の谷間に、俺の視線は釘付けになってしまった。
「いまだ!」
「ぬぁっ!?」
そこからの展開は二戦目と同じ。コンボをつなげられなかったことで望愛に反撃の機会を与えてしまい、逆にコンボを決められて敗北を喫する。
「はい、あたしの勝ち! 約束通り、ノリくんにはエッチなことをしてもらいます!」
「認められるか、こんな反則だらけの勝負! 妨害されてなかったら、一〇〇パーセント俺の勝ちだったんだぞ!?」
「問答無用!」
「おわぁっ!?」
異議申し立てを完全に無視して、望愛が俺を押し倒してきた。俺の手からこぼれたコントローラーが、ガチャンと床に落ちる。
押し倒した勢いそのままに、望愛が覆い被さるように身を寄せてきた。
望愛の感触が、体温が、匂いが、至近距離から伝わってくる。ドラムロールみたいに鼓動が暴れ、全身がカアッと熱くなった。
望愛の瞳は怪しく濡れていた。その眼差しが、本気でエッチなことをするつもりだと物語っている。
危機感を覚えた俺は、慌てて制止の声を上げた。
「ま、待て、望愛! 一旦、落ち着こう!」
「ヤダ。待たない」
「ちょっとは俺の言うことを聞いてくれよ!」
逃すまいというように密着してくる望愛に、必死の思いで抵抗する。
そんななか、望愛がクシャリと顔を歪めた。
「こうするしかないもん。このままじゃ、ノリくんがとられちゃう」
「え?」
いまにも泣き出しそうな望愛の表情には、焦りが、不安が、切なさが、色濃く滲んでいた。痛ましささえ感じるその表情に、俺は言葉を失う。
互いになにも口にできず、俺と望愛はただ見つめ合う。
「望愛!? すごい音がしたけど、大丈夫かい!?」
「「っ!?」」
緊張感に満ちた沈黙のなか、突如として第三者が部屋に飛び込んできた。
驚いた俺と望愛は、叩かれるようにそちらを向く。
部屋に入ってきたのは、紺色のスーツを着た中背の男性だ。目尻の皺や白髪交じりの頭から、かなり歳がいっていると推測される。多分、五〇代前半だろう。
顔を合わせた回数は少ないけれど、一応俺は覚えていた。彼は、望愛の父親である英一さんだ。
「パ、パパ!? なんで!? まだ帰ってくる時間じゃ……!」
「予定より早く仕事が終わってね。玄関を開けたら大きな物音が聞こえてきたから、何事かと思ったよ」
どうやら英一さんは、望愛が俺を押し倒したときの音を耳にして、慌てて駆けつけてきたらしい。
「ノックもしないですまなかった……さて」
英一さんが俺に微笑みかける。柔和そうに見えるけど、目がちっとも笑っていない。
「なにをしていたか、説明してくれるね?」
「は、はい」
俺は頬をひくつかせた。
果たして俺は、無事にここから帰られるだろうか?




