早とちり――1
土曜日の午前、遊々子が住んでいるマンションを訪ねた俺は、キッチンに立っていた。
「そろそろ、炒めておいた鶏肉を戻すか」
お玉で鍋をかき混ぜながら、鶏肉を移しておいたトレイを手にとる。
鍋で煮込まれているのは茶色いとろみ。漂ってくるのは、食欲を駆り立てるスパイスの香り。
そう。俺はいま、カレー作りをしているのだ。
遊々子のために料理を作りにいくのは珍しいことじゃなく、月に二回くらいの頻度で頼まれている。食材費はもちろん向こう持ちで、遊々子の家族も歓迎してくれる。
遊々子曰く、
「紀樹が作る料理は一番美味しいからねぇ。しばらく食べてないと恋しくなっちゃうんだよ」
とのことだ。
そう言われると悪い気はしないので、予定がなければ応じるようにしている。
「隠し味にウスターソースとカラメルソースを入れて……よし、完成」
カレーを作り終えた俺は、持参したエプロンを脱ぎ、遊々子の部屋まで知らせに向かった。
コンコン
「どうぞー」
遊々子の許可を得て、部屋のドアを開ける。
美少女キャラのグッズが大量に飾られた推し棚。高性能(らしい)のデスクトップパソコンに、ゲーミングチェア。女の子っぽいアイテムはひとつもなく、男子の部屋と勘違いされてもおかしくない内装だ。
そんな女っ気のない部屋で、主である遊々子はソファに寝転んでゲームをしていた。
オーバーサイズのグレーのティーシャツを、遊々子はワンピースみたいに着ている。人目がつく場所では格好に気を配るが、家では楽をしたいタイプなのだ。
「カレーできたぞ」
「サンキュー、紀樹」
ゲームを中断した遊々子が、スマホで時間を確認する。
「一〇時半かぁ……お昼には早いけど、できたてを食べたほうがいいかい? せっかく作ってくれたわけだし」
「構わないぞ? 俺はそういうの気にしないし。それに、時間を置いたほうが具材に味が染みこむからな」
「そっか。なら、いい時間になるまで一緒にゲームしようぜぇ?」
遊々子が身を起こし、手招きする。その際、シャツの首回りがブカブカなせいで、黒いスポブラが見えてしまった。
意外と大きめな胸の膨らみを目の当たりにして、俺は慌てて顔を背ける。
「どうしたんだい、紀樹?」
「あー……悪い、遊々子」
「なにが?」
「その、だな? ……下着、見えてるぞ」
「おお?」
ばつの悪さを覚えながら指摘すると、遊々子が視線を下ろした。
自分の胸元を確認した遊々子は――
「でも、こんなん色っぽくないだろぉ?」
「ちょっ!?」
あろうことか、指で首回りを広げてブラを見せびらかしてきた。
「デザインも色味も地味だしさー」
「やめろ、バカ! 見せつけんな!」
「それとも、野暮ったいほうが興奮するタイプなのかい? 紀樹は」
「違ぇわ! てか、論点がズレてんだよ!」
「ほれほれー」となおもブラを見せてくる遊々子に、俺は怒鳴るように説く。
「色っぽいかどうかが問題なんじゃない! 下着が見えてることを気にしてるんだよ、俺は!」
「わかってるよ、そんなこと。紀樹がいいリアクションをしてくれるから、わざととぼけてみせたのさ」
「悪趣味!」
あんまりな仕打ちに俺は愕然とした。
いたずらに成功した悪ガキみたいにニンマリと口端を上げて、遊々子が続ける。
「別に下着を見られても気にしないよ。ボクは紀樹を異性として意識してないからね。紀樹もそうなんじゃない?」
「まあ、たしかに俺も、遊々子のことは友達としてしか考えてないけど……」
「だよねぇ。じゃないと、ボクの処女膜、とっくのむかしにぶち破られてるだろうし」
「ひどい発言だ……」
女の子が口にしたとは思えない言葉に、ドン引きせずにいられない。
そんな俺の反応を面白がってか、遊々子はケラケラ笑っていた。
遊々子の言うとおり、俺は彼女を異性として見ていない。気兼ねなく付き合える友達という感覚だ。遊々子から意識されても困るので、俺と同じ認識なのは助かる。
ただ、異性として欠片も意識されてないのは、なんだか複雑だな……。
面倒くさい男のプライドに、俺は溜息をつく。
「異性として欠片も意識されてないのは複雑、って顔だねぇ」
「テレパシストかよ、お前は!? 勝手に心を読まないでくれます!?」
「紀樹がわかりやすいんだよぉ」
内心を言い当てられて動揺する俺に、遊々子が屈託のない笑みを見せた。
「異性としては意識してないけどさ? 友人としては世界一好きだよ、紀樹のこと」
「~~~~っ!?」
あけすけな告白に、カアッと顔が熱くなる。
「そ、そんな照れくさいこと、よく平然と口にできるな!? 少しは恥ずかしがれよ!」
「こういうのは恥ずかしがったら負けなのさ」
照れ隠しに愚痴ってみるが、遊々子に堪えた様子はなく、けろっとしていた。
勝てる気がしないなあ、遊々子には。
敗北感と照れくささと嬉しさを感じつつ、赤くなっているだろう顔を手で覆った。




