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第七話 貴族の憂鬱

(はぁ……せっかく楽しみにしていたのに、これはとんだ期待外れに終わりそうね。……兄様が言った通りだったわ)


 目の前で繰り広げられる光景に、思わず溜息が零れる。

 周囲には、私と同じように体育座りをして順番を待っている生徒達がいるのだけど、おそらくこの気持ちに共感してくれる人はいないだろう。


「刹那(せつな)のアンドロマリウスよ! 炎(ほむら)の腕(かいな)のうちにすべてを包め〉〉〉【焔烈弾(メキド)】!」


 古戦場の片隅に見上げるばかりの大きな岩が鎮座している。

 その岩に向けて、また一人の生徒が魔術を放った。

 つい先日、授業で習ったばかりの序列第九位の魔術 。

 魔導学院に入学を許されるだけの素養があれば、習得すること自体はさして難しくはない初歩の魔術だ。


 その生徒は <発現> の才能に恵まれているのだろう。

 生み出された火炎弾は他の生徒たちのそれよりずっと大きく、巨大な岩石に直撃した瞬間、派手な音を立てて爆散した。


「おおっ! すげぇ!」

「ターレス君、素敵ぃ!!」


 岩の表面が大きく抉れ、生徒たちの間にどよめきが起こる。


「相変わらず、素晴らしいざます! ターレス君! さすがにウェブスター家の跡取り息子だけのことはあるざますよ!」

「やめて下さい、先生。家は家。僕は僕です」

 

 指導役の担当教師が大きく手を叩いて褒めたたえ、魔術を放った生徒は誇らしげに胸を張った。


「……」


 その生徒は、なぜか私に流し目を向けてきて、さらには片目をつぶって見せる。

 なにあれ、気持ち悪い……。

 いや、単なる私の思い過ごしかもしれない。

 そうだ。

 きっとそうに違いない。

 自意識過剰か……!?

 ……。


 確か、彼は名のある貴族の子息だったはず。

 ウェブサイト? シューティングスター?

 さっき、先生が名前を言ったけれど、よく聞き取れなかった。


 ともかく、彼はいつもクラスメイトに対して見下すような態度で接し、言葉遣いこそ丁寧なものの居丈高な物言いが鼻につく。

 家名と親の力を笠に着る、正直いけ好かない人間だ。


 <発現> の技能の高さ――つまり、魔術を行使する能力の高さは、つまるところ血筋によるところが大きい。

 見も蓋もない話だが、魔術の才能は単純に遺伝するのだ。

 きっと、このまま順調にいけば、彼は第二十席以内でこの学校を卒業し、めでたく従魔導騎士に叙任されるだろう。


(それにしても、ここまで学院の指導方針に偏りがあるとは思わなかったわ……)


 魔力を操る四つの技能。

 <強化> <操作> <錬成> <発現>


 学院の授業では、もっぱら <発現> の技能に関する座学と実地訓練に時間が割かれている。

 というより、<発現> に関する授業しか行われていない。

 現代は「魔術」隆盛の時代。

 魔術を行使するための技能 <発現> が重要視されるのは分かるのだけれど。

 それにしても、この学院の指導方針には疑念を抱かざるを得ない。


 子どもの頃に読んだ英雄譚。

 魔術の始祖といわれる聖(セイント)・ルビスの生涯。

 人のうちに魔力を見出し、それを操る技能を構築した彼女(伝承では聖(セイント)・ルビスは女性ということになっている)は、やがて <発現> の技能を「魔術」へと発展させた。

 現存する七十二の魔術は、火、水、風、土、光、闇の六つの系統に体系化され、現在では「序列魔術」と呼ばれている。


 魔術を編み出した偉大なる始祖、聖(セイント)・ルビスは、その実、魔術をほとんど使わなかったそうだ。

 いや、使う必要がなかったと言ったほうが正しい。

 

 <錬成> によって極限まで鍛えられた魔力を <操作> により自由自在に操り、その魔力を持って己(おのれ)を <強化> することで、聖(セイント)・ルビスは事実上、世界で無敵の肉体を誇っていたという。

 しかも、破格の防御力を有していただけでなく、<錬成> によって高度に圧縮された魔力を <操作> によって撃ち出すだけで、その火力は最高序列の魔術をも凌駕したそうだ。


 そう。

 彼女は自らの魔力を駆使することで、攻防ともに唯一無二の強さを誇っていた。

 これぞ、魔力の神髄。

 

(魔導学院に来れば、その神髄に少しでも触れることができると思ったのだけど……)


 そんな私の期待は、見事に裏切られたことになる。

 いや、本当は分かっていたのだ。

 兄から魔導学院の現状は聞かされていたし、何より聖(セイント)・ルビスのような存在がもうこの世には絶対に現れないことを私は知っていた。


 魔力の持つ致命的な欠陥。

 ほとんどの人間は、魔力を視認することができない。

 もちろん、私も。


 魔力は、その多寡にこそ個人差はあれど、誰にでも備わっているものだ。

 ただし、それを視(み)ることが可能なのは、「魔眼」持ちと呼ばれるごくわずかな人間のみ。

 つまり、魔力を操る能力に恵まれていても、実際に目で視(み)て実感することができない。

 

 一方、魔術は目に見える。

 しかも、自分の望む事象が現実世界に現れる。

 派手で、分かりやすい。

 結果も明瞭だ。

 魔術を放った際のその手ごたえは ともすれば一種の万能感を与えてくれる。

 誰の目にも明らかな「魔術」が評価基準となっている現代では <発現> の技能が尊ばれるのは仕方がないことなのかもしれない。


(まあ……その気持ちは、私にも分かるのだけど)


 今では、ほとんど必要とされていない技能 <強化> <操作> <錬成>。

 幼い頃から独学で修練を重ねてきたが、視(み)えない魔力を <強化> <操作> <錬成> することは困難以外の何物でもなかった。

 どれだけ鍛えても、まったく手応えが得られないのだから。

 それだけに福音魔導学院へ来れば、その糸口が何か掴めるのではないかと思っていた。


(今の時代に <錬成> と <操作> と <強化> の能力をそれほど高いレベルで発揮できる人はいない……聖(セイント)・ルビス様には誰も近付けない)


 きっと、こうなることを見通して聖(セイント)・ルビスは、<発現> の技能を「魔術」へと昇華させたのだろう。

 ならば、<発現> の技能を高めることにのみ重点を置く魔導学院の方針もあながち間違いとは言えない。

 

(そうだ。私は今、落胆しているだけ。例え、聖(セイント)・ルビス様の輪郭に触れることが叶わなくとも、私にはアスピリクス家の一員として果たさなければならない使命がある)


 だから。

 いつまでもウジウジしてはいられない。


(――それにしても、何だかさっきから、空のほうが、ぴぎゃあぴぎゃああって、やけにうるさいわね。考え事の邪魔をしないで欲しいんだけど)


 胸中で悪態をつき、天を仰いだ私の呼吸が、一瞬止まった。

 いつの間にか、私たちがいる平原の上空に、ついぞ見たこともない凶悪そうな姿をした魔物が浮かんでいたのだ。


「なに……あれ!?」


 驚きのあまり、私の声は細く掠れていた。

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