第六話 古戦場にて
ヴィーグリーズ古戦場。
魔法都市シャルルロワから北西に三・五キロほど離れた場所にある、だだっ広い平原だ。
背丈の低い草木が思うさま生い茂り、所々に用途の分からない何かの部品が無造作に転がっている。
かつて、ここは第三次天地戦争の主戦場の一つだった。
多くの戦士や魔物、そして無辜の民が命を落とし、今なお当時使用された兵器の残骸が数多く眠っている。
現代では失わて久しい――古代魔導技術。
そして、その超技術の粋により生み出された、魔導兵器。
大陸に覇を唱えんとする国々にとっては、失われた魔導兵器の復活は積年の夢であり、野望そのものだった。
この古戦場にも数多の魔導兵器の残骸が残されており、国から委託を受けた冒険者ギルドによって遺物の発掘と研究が進められている。
「よし! ここから先は俺たちが調査する。お前らは適当な場所で休んでおけ」
調査団の隊長――えらく恰幅のいい壮年の男から高圧的な指示が飛び、俺たち三人は作業を中断した。
どかどかとギルドの調査員たちが無遠慮にやって来たので、俺たちは慌てて場所を空ける。
何だか美味しいところだけを持っていかれるような口惜しさを覚えるが、そもそも俺たちが請け負ったのは発掘の作業だ。
魔導兵器だか何だかは知らないが、そっちのほうはギルドの人たちに任せたらいいだろう。
「やれやれ、相変わらず人使いが荒いよな、ギルドの奴らはよ。しかも、やたらと偉そうだし。もう少し、俺たちを労ってくれてもいいだろうに」
俺の向かいに、どかっと腰を下ろしたデュオがぼやく。
ほとんど同感だった俺は、つい苦笑してしまう。
赤茶色の髪をした、どこか皮肉げな容貌の青年だ。
歳は確か俺と一緒で、同じフリーランスの穴掘り屋。
これまでも何度か一緒に仕事をしたことがある顔馴染みで、それなりに気心も知れている。
やたらと目つきと口が悪いが、仕事はきっちりとこなす、根はいい奴だ。
「まあ、いいじゃん。ギルドの仕事は金払いもいいし、その上、定時で終わるしさ。しかも残業代までちゃんと出るんだから、文句は言わないの」
俺の隣に腰を掛けているのは、明るい桃色のショートカットの少女。
瞳は淡いブラウンで、快活そうなその顔立ちは、彼女の性格の明朗さを端的に表している。
名前はタチアナ。
華奢な体つきの彼女だが、力の使い方が上手く、穴掘り屋としてはかなり優秀だ。
デュオと同じく何度も一緒に仕事をしている。
「それに、オグマを見習いなさいよ。いつも不平のひとつも言わないで、軽く私たちの三倍ぐらいは仕事をしてくれてるんだから。感謝しなきゃだよ」
「まあ、そうだな。確かに、オグマと一緒の現場は楽でいいよ。いつもサンキューな、オグマ」
二人から口々に言われ、俺は戸惑った。
「そうか? 俺は普通に仕事をしているだけだぞ。デュオとタチアナとやってることは変わらないと思うのだが?」
「……時々、天然を疑ってしまいたくなるが、お前って、変わってるけどやっぱいい奴だよな。ちょっと暗いのがマイナスポイントだけど」
「うん。オグマは凄いよ。能力高いのに、全然それを鼻にかけないし。まあ、もうちょっと私たちと仲良くしてくれたら最高に嬉しいけどね」
褒められているのか、駄目出しされているのか、いまいち判然としないが、返答に窮した俺はとりあえず曖昧な笑みを浮かべた。
こういう場合は、一体何と返すのが正解なのだろう。
昔は、もっと普通に人と話せていた気がするのだが、最近は何を言えばいいのか分からないことがよくある。
そのせいか、穴掘り屋仲間たちからは、暗いとか、とっつきにくいとか、そんな陰口を叩かれていることは知っている。
それでも、一生懸命に仕事さえこなしていれば、デュオやタチアナのように評価してくれる? 人もいるということだろう。
たぶん、きっと。
この二人との現場は俺も好きだ。
変な気を使わないで済むし、話好きな二人は、俺に何かと声を掛けてくれる。
そして、俺が碌な返事ができなくても、嫌がったり愛想を尽かしたりしない。
友達と呼ぶのはおこがましいだろうが、数少ない信頼できる穴掘り屋仲間だ。
「なあ、あれってなんだ?」
三人で座って寛いでいると、何かに気付いたデュオが遠くを指差した。
古戦場はかなり広域に渡る。
端から端まで十キロ以上はゆうにある、大平原だ。
俺たちがいるのは、やや大地の盛り上がった小高い丘のような場所なのだが、向かって南の方角に複数の人影が見える。
お揃いの服装――青い運動着を身に纏った男女の集団。
実のところ、ずいぶん前からその存在には気付いていたが、俺はあえて触れないようにしていたのだ。
(最近、やけに縁があるな。正直、姿を見るのも嫌なんだが……)
渋面を作る俺の横で、タチアナが「ああ、あれね」と、声を上げた。
「多分さ、魔導学院の生徒達じゃない? 何かの訓練でもしてるんでしょ」
彼女の言う通り、その集団は聳え立つ大きな岩に向かって何かをしている。
時折、閃光が瞬き、炎や風が巻き起こる。
十中八九、魔力の <発現> の練習――つまり「魔術」の訓練をしているのだろう。
思い返せば、あの訓練は地獄だった。
何と言っても、俺は一度として魔術が成功しなかったのだから。
「へー。魔導学院の生徒様ねー。こちとら、朝から土にまれて働き通しっていうのに、まったくいいご身分だぜ」
「嫉妬しないの。人にはさ、それぞれ与えられた運命があるんだから」
「なんだよ、お前。いやに達観してやがるな」
「だって、文句言ったって仕方ないじゃない。それに、そもそも私たちには魔術を使う才能なんてないだからさ」
「まあ、そりゃそうなんだけど……」
なおも納得いかないようなデュオから視線を外したタチアナが、小首を傾げた。
「どうかした? オグマ? 何か怖い顔してる」
「え……いや、何でもない」
いけない。
ついつい、生徒たちのことを睨んでしまっていたようだ。
いくら嫌な記憶が蘇ってきたからといって、彼らを恨みがましく思うのはお門違いも甚だしい。
そう、俺が気を取り直そうとしたとき――
「おお! なんだこれはっ!」
興奮し切った声が響き渡り、俺たち三人は視線を戻した。
さっきまで、三人で穴を掘っていた場所で、ギルド職員たちが熱に浮かされたように沸き立っている。
調査団の隊長である男が、両手で黒色の水晶のようなものを抱えていた。
「なんか出てきたみたいだな?」
興味をそそられたのか、デュオがすっくと立ち上がる。
「なになに、いいもの?」
タチアナも表情を輝かせる。
今日の仕事は、定額の賃金とは別に、出土した遺物の価値に応じて追加で報酬が支払われる約束だ。
お金に目がないタチアナにとっては一大事だろう。
俺も二人の後に続く。
「これは――おそらく、「封結晶」のようだな。中に何か重要なものを封じているに違いない」
隊長の大きな腹に抱えられた水晶は、かなりの大きさがあった。
もとの色は分からないが、相当長い間、地中に埋まっていたせいで、表面が黒く変色している。
(何かを封じているか……確かに、微量だが魔力で覆われているな。多分、結界系の魔術が施されている)
俺の目には、水晶が赤い魔力を帯びているのが視えた。
そして、水晶の表面にはうっすらといびつな影が映っている。
何だろう?
生物?
この場所が、かつて戦場の真っただ中であったことを考えれば、何かの武器か、若しくはそれに類するものに間違いはないわけで――
つまり、危険な代物である可能性が高い。
「よぉぉし! 今回の調査は大成功だ! さっそく街に持ち帰って研究だ!」
「おおぉ!!」
盛り上がる調査員たちに見せつけるように、隊長がその水晶を頭上に持ち上げようとし――
「あっ――」
そんな間抜けな声とともに、隊長の腕をすり抜けた水晶が地面に落下した。
バリリイィィィィィィンンッ!!
派手な音を立てて、水晶が粉々に砕け散る。
飛散した透明な欠片が、陽光を跳ねてきらきらと光をばら撒いた。
「きゃあ!」
タチアナが小さな悲鳴を上げて、俺の腕にしがみつく。
「なんだなんだ!?」
デュオが腰を抜かしたように尻もちをついた。
無残に粉砕された水晶から漆黒の靄が立ち込め、それは渦を巻きながら上空へ昇っていく。
頭上五メートルぐらいのところで、その黒い靄が――ある姿を形作った。
暗黒色をした、おどろおどろしい巨大な体躯。
全身を覆う、禍々しい瘴気。
「あれは――幻獣マンティコア?」
そう叫んだのは、俺にぴったりと身を寄せているタチアナだった。
「えっ? マジで?」
呆けたように立ち尽くし、隊長は呟いた。
マンティコア。
それは、伝説にうたわれる第一級の災厄である魔物だった。
<説明>
魔法都市シャルルロワ――セントミュロンド聖王国の第三都市。五大公家の一つフォルトナ家が治める。福音魔導学院がある。
第三次天地戦争――人間族を中心とした光の陣営と、悪魔族を中心とした闇の陣営の戦い。
封結晶――古代魔導技術の一つ。生物や物体を結晶に封じることができる。




