第五話 少女と誰かの告白
「あ、あのっ!」
チビとノッポが路地裏から立ち去ると、壁際で立ち竦んでいた少女が慌てて駆け寄って来た。
「怪我はないですか?」
俺の様子を窺うような上目遣い。
栗色の髪を肩のラインで切り揃えた、小柄な少女だ。
やや垂れ目の大きな瞳が印象的で、かなり愛らしい顔立ちをしている。
ただ、どことなくおどおどした気配を漂わせていた。
いや。
ついさっきまで、二人の男に絡まれていたのだ。
平静でいることのほうが、むしろ難しいだろう。
「俺は大丈夫だ。そっちこそ怪我はないのか?」
「あ……私は大丈夫です。別に、あの二人から暴力を振るわれたわけではないので……。あの、助けていただいてありがとうございました」
少女は、頭が地面につきそうなほど深くお辞儀をする。
「いや、助けたというか。もしかして、俺は君たちの話の邪魔をしてしまっただけなんじゃないか?」
チビもノッポも、そしてこの少女も福音魔導学院の生徒であることに間違いはなさそうだ。
彼らが言うように、本当にただの同級生で話をしていただけなのかもしれない。
「いえ、そんなことはありません! 助けてもらって凄く嬉しかったです。ただ……」
そこで少女は悲しげに眉尻を下げると、押し黙ってしまった。
裏寂しい路地に沈黙が下りる。
「……」
静寂が何だか耳と心に痛い。
穴掘り屋になってこっち、俺は仕事仕事の日々を送っている。
仕事中はとにかく土壁と向き合って、ひたすらにスコップで穴を掘っているので、人と話す機会は皆無に等しいのだ。
つまり、ちょっとしたコミュ障害を患っている状態。
こうやって、同年代の女の子と話すこともほとんどない。
そう思った途端、緊張に背筋が伸びる。
これ以上、込み入った事情を訊いてもいいものだろうか?
そう俺が逡巡している間に、少女のほうが遠慮がちに口を開いた。
「……私がいけないんです」
呟くように言って、肩をやるせなく落とす。
「君が?」
「はい。私とあの二人は魔導学院の同じクラスなのですが……昨日、大切な模擬戦があったんです。そこで、私が初歩的なミスをしてしまって、そのせいで私たちのチームは負けてしまったんです」
「それで、あいつらは君を責めていたのか?」
確かに、魔導学院では定期的に模擬戦が行われている。
それは、個人戦である場合がほとんどなのだが、稀に団体戦が組まれることもある。
そして、それらの戦果は個人の評価に反映され、生徒一人一人にポイントが割り振られていく。
学院では、このポイントを元にして、第一席を頂点にした厳然としたランク付けがなされるのだ。
学院卒業時に第二十席までに入れば、晴れて従魔導騎士に叙任される。
まだ身分は見習いだが、それでもれっきとした魔導騎士には違いない。
学院に所属する生徒ならば、誰もが目指す場所。
ゆえに、魔導学院においては毎回の模擬戦が真剣勝負の場となるのだ。
ちなみに、俺は <発現> の才能がないせいで魔術がまったく使えなかったので、一度も模擬戦には参加させてもらえなかった。
「凄く……大切な試験だったんです。特にあの二人には。あの……彼らは貴族のご子息で……やっぱり平々凡々な平民の私たちと違って、かけられている期待みたいなものが、凄いみたいで……」
チビとノッポから責め立てられていたというのに、なおも彼らの心配をする少女。
よほど、心優しい性分なのだろう。
いい子なんだな。
ただ、これで彼ら彼女の事情はだいたい理解できた。
つまるところ、俺のしたことはまさに余計なお世話だったようだ。
模擬戦云々については、彼らで解決すべき事案だろう。
チビとノッポには悪いことをしてしまった。
一言謝りたいところだが、もう二度と会うことはないと思う。
事情が分かった以上、もう俺に用はない。
長居は無用だろう。
そう思い、俺が立ち去ろうとすると。
「そ、それよりもっ!」
突然、少女の声音ががらりと変わった。
興奮した表情で、ずいっと一歩こちらに近寄ってくる。
栗色の髪から、ふわりといい匂いが香った。
「あなたの魔力、凄いですねっ! 魔術を使ったわけでもないのに、あんな魔力の使い方、私、初めて視ました!」
唐突に向けられた少女からの称賛の眼差しに、俺はおおいにたじろいだ。
「君は、俺の魔力が視えたのか?」
「はい! 私、魔力を操る能力は平凡なんですか、いわゆる視える体質みたいで。それで一応、特待生という形で学院に入学できたんです。平民の子では、私が学院始まって以来、初めてらいしいですけど……」
「学院始まって以来初めてか、それは凄いな」
自分以外の「魔眼」持ちに会ったのは、これで二人目だ。
「えへへ……。私の家、妹弟が7人もいて、とっても貧乏なんです。だから、私がもし魔導騎士になれたら、家族を助かられるかなって、そんな希望をもって入学したんですけど現実は甘くなかったです。魔導学院って、本当に才能のある人達ばかりが集まる場所で、私なんかじゃ付いていくのがやっとで……それに、何だかんだ言っても、結局は貴族が優先される世界ですし」
どこかあきらめを含んだような横顔で、少女は空を見上げる。
貴族が優先される世界か。
さもありなん。
優先されていた時には、まったくそのことに気付けなかったが。
俺は、傷付いたよう少女の姿が見たくなくて、また余計なことを口にしようとする。
同じように夜空を仰ぎながら。
「その学院には、<発現> の才能がまったくなくて、魔術が使えなかった生徒がいたらしいぞ」
「えっ? そうなんですか? でも、その人、よく学院に入れましたね」
「どうやら、貴族の出だったらしい。入学するまでは、魔導騎士になれると信じて疑わなかったそうだ。君が言うように、この世界では貴族が幅を利かせているのは確かだ。でも、だからと言って、必ずしも貴族が魔導騎士になれるとは限らない」
そう。
俺が、そうだったように。
「君は魔術がちゃんと使えるんだろ?」
「はい、人並ですが。魔力の量が少ないのが課題です」
体内に内在している最大魔力量は、生まれながらに決まっている。
だが、鍛え方次第では、まだ眠っている魔力を起こすことは可能だ。
魔術が使える時点で、この少女には未来がある。
まだ、魔導騎士を諦めるのは早い。
「それで、その人はその後どうなんったんですか?」
「さぁな、俺もよくは知らない」
「そうなんですね。……すみません。助けてもらったうえに、何だか励ましてもらって。あの、私、もうちょっと頑張ってみます」
はにかんだように笑った少女が、もじもじと両手を組んで訊いてくる。
「私は福音魔導学院初等部のシンシアと申します。……あの、もしよければ、お名前を教えていただけませんか?」
「俺は――」
名乗りかけて、すんでのところで俺は口を閉じた。
俺の名前から元魔導学院の生徒だということが割り出されることはないだろうが、その可能性もゼロではない。
それに、できればもう魔導学院とも、そこの生徒とも関わりたくないのが本音だ。
「すまない。先を急いでいるからこれで」
それだけ言い置くと、俺はくるりと少女に背を向けた。
あっ! と、少女が何かを言いかける気配を感じながら、俺は足早に通りへと戻った。




