第四話 望まぬ争い
「おいおい、こいつ、魔術をスコップで弾き返したぞ!」
「チッ! 生意気だよ、お前っ!」
怒りで顔を真っ赤に染めたチビが、立て続けに呪文を詠唱した。
次々と生み出された炎の塊が、その軌道を微妙に変えながら俺に向かって飛んでくる。
周囲への被害など露ほども考えていない暴挙。
これだから……貴族というものは。
ほとほとあきれながら、俺は魔力で強化したスコップを最小限の動きでもって繰り出していく。
要は、剣を扱う要領だ。
獲物が違っても、武技の基礎的な動きはいくらでも応用がきく。
肉薄してくる火炎弾を的確に打ち返し、上空へと飛ばす。
建物に当たらないようにするのも、慣れてしまえばそう難しくはない。
あの火炎弾を一つでもまともに喰らえば、致命傷は免れないだろう。
俺がついぞ使うことが叶わなかった魔術には、それだけの殺傷力があるのだ。
たとえ、それが序列第九位の魔術【焔烈弾】だとしても。
「はあ……はあ………はぁ。なんなんだよ、お前はっ! なんで僕の魔術を、ああも簡単に打ち返すんだ!? 訳が分からないっ!」
魔力切れを起こしたのか、チビが肩で息をしながら憎々しげな双眸で俺を睨んでくる。
いや、初等部の生徒で、それだけ淀みなく魔術が使えるのは凄いと思うぞ。
きっと、チビは <発現> の才能があるのだろう。
それに、あれだけ連続して魔術を行使するのにもそれなりの魔力が必要。
性格は相当歪んでいるようだが、魔力を扱う能力は総じて高い。
正直、羨ましい。
ただ、そうは言っても、まだ魔導学院の初等部の生徒。
覚えている魔術は序列の一番低いもの。
もっと高い序列の威力のある魔術を使われたら、間違いなくこのスコップで弾き返すなんて芸当はできなかっただろう。
「おい! お前も何か魔術で攻撃しろよ!」
「お、おう」
チビにどやされたノッポが前へ出て、片手を頭上に掲げる。
広げた掌に円環術式が展開される。
「貪婪のダンダリオンよ! 生み出すは氷原に映りし斜月〉〉〉【氷結鋭槍】!」
声高らかに呪文の詠唱が響き、ノッボの周囲に氷の槍が四本出現した。
同じく序列第九位の魔術【氷結鋭槍】。
チビが炎でノッポが氷か。
何から何まで対照的で、いいコンビだ。
友達の一人もいない俺は、場違いにもやはり羨ましく思ってしまう。
「いぃっっけえぇぇぇっっッ―!」
ノッボが腕を振り下ろすと同時に、四本の氷の槍が一斉に動いた。
尖った切っ先が空を切り裂き、鋭い風鳴り音を立てる。
うーん。
どうしたものか。
火炎弾は一つ一つ丁寧に打ち返せば事済んだが、氷の槍を四本同時に迎撃するのはいくら何でも無理だ。
これは、詰んだか?
不思議と、絶望感は湧いてこなかった。
あの日――福音魔導騎学院を退学となり、実家を追い出されたあの日、俺の中でずっと大切にしていたものが失われた。
家族――夢――そして、未来。
死にたい、などとは口が裂けても言えない。
世の中には、俺よりずっと過酷な環境で必死に生きている人々がいる。
それに、俺もかつては、確かに両親に望まれてこの世に生まれてきたのだ。
けれど、心の奥底には、もうどうなってもいい、という捨て鉢な思いが常に居座っている。
迫りくる氷の槍。
このまま何もしなければ、俺の人生は串刺しになって終わるだろう。
それも、いいのかもしれない。
…………。
……いや、まだだ。
ここで終わるのは、何だか違う。
このまま無抵抗に死を享受してしまえば、オリヴィアに何と申し開きすればいいのだ。
もう、オリヴィアが悲しむ顔は見たくない。
ふと、俺は思い付き、再び集中力を高めた。
俺は魔力の <強化> も得意だ <操作> も結構いける。
一か八か、俺はその場で力一杯スコップを振るった。
振り切る刹那―― <操作> でスコップの先から一部の魔力を分離させる。
すると、先端部分から魔力の塊が飛び出し、それは飛来する氷の槍にものの見事に命中した。
上手く……いった?
氷の槍は粉々に砕け散り、一気に熱された水蒸気が辺りにじゅわわわぁぁっ、と立ち込める。
俺は続けざまに三度スコップを振るう。
射出された魔力の塊が、狙いを違わずに残りの氷の槍に直撃して爆裂四散させた。
「うそ……だろ。俺の魔術を全部撃ち落としやがった。一体……どうやったんだ? もしかして、こいつも魔術が使えるのか?」
「……いや。魔術を使えば、さすがに僕たちにも分かるはずだ。……妙だな。魔力の動きは確かに感じるのに、こいつは魔術を使っていない」
どうやら、この二人は「魔眼」持ちではないらしい。
俺の魔力が視えないようだ。
まあ、「魔眼」持ちはおよそ十万人に一人の割合しかいないらしいからな。
だが、チビのほうは俺が魔力を使っていることには勘付いているようだ。
おそらく <感知> の技能に優れているのだろう。
思った通り、俺よりもずっと魔力を操る才能がある。
くそっ……羨ましい。
魔導騎士になれるのは、やはりこのチビのような男なのか。
まあ、魔術がまったく使えない時点で、俺はスタートラインにすら立てていないのだが。
「ど、どうする? こいつ、意外とヤバい奴なのかもしれないぞ」
最前までの威勢の良さはどこへやら、ノッポの顔は青くなっている。
正直、ノッポにはチビほどの才能は感じられない。
同じ序列第九位の魔術でも、その精度には明確な差がある。
それでも、魔術が使えない俺に比べれば、遥かに優秀なのは違いない。
チビはしばらくの間、忌々しそうな表情で沈思黙考していたが、
「……そうだね。これ以上、本気でやるのも大人げない。ほんのお遊びのつもりが、ついつい熱くなってしまった。まさか、栄えある福音魔導学院の生徒である僕たちが、あんなどこの馬の骨とも知れないみすぼらしい男相手に全力を出すわけにもいかないよね」
一転して、落ち着き払った態度を取り戻した。
何だか、酷い言われようだが、自分の格好を見下ろして妙に納得してしまう。
一日の仕事で派手に汚れた作業着姿の俺は、なるほど彼らから見れば塵芥と一緒なのだろう。
チビが先を続ける。
「おい、お前! どうやら行き違いがあったようだけど、僕らはこの子に少し話があっただけだ。もう要件はすんだから、これで失礼させてもらうよ」
「……」
こちらとしても、これ以上の争いは望んでいない。
というか、そもそも俺は彼らの事情をはっきりと把握しているわけではないのだ。
暴漢や何かとは明らかに違うようだし、大人しく去ってくれるならば有難い。
「いいかい? 万に一つも僕らをやり込めたと勘違いして図に乗るんじゃないぞ。僕がその気になれば、お前ひとりぐらいこの街から消し去るなんて訳ないんだからな」
俺の横を通り過ぎる間際、恐ろしいほど平坦な声でチビが言った。
横目でチラリと見ると、チビの口端はにぃーと吊り上がり、まるで悪魔のような形相だった。
おー、怖い怖い。
魔術も使えない分際で、安い正義感を発揮するのはこれっきりにしよう。
俺は密かにそう誓うのだった。
<説明>
氷結鋭槍――序列第九位の魔術。氷の槍で相手を攻撃する。




