第二十七話 二人の帰り道
砂埃を引き連れるようにして、砂漠の街道を寄合馬車がひた走る。
全開にした窓を乾いた風が吹き抜け、タチアナの髪を乱暴に掻き混ぜていった。
さっきまで遠くに見えていたファルケンの街並みも、今は地平の向こうに消えている。ここから先は、ひたすら単調な砂色の景色が続く。
ファルケンから乗り込んだ客は、俺とタチアナの二人だけだった。確か、行きも俺達の他に客はいなかったので、存外、この街を出入りする人間は少ないようだ。
「私たちの貸し切りだね」
出発前にそう言って、タチアナは楽しそうに笑った。
遺跡を無事に脱出した後、シュルツと別れた俺達は、一応、イルダーナフに無事を知らせるため彼らが宿泊している宿へ出向いた。
到着した時にはすでに夜半を過ぎていたが、イルダーナフはまだ起きていた。
「お前達っ! い、生きていたのか!?」
俺とタチアナの姿を認めたイルダーナフは、驚きと喜びが綯い交ぜになった表情を浮かべると同時に恥も外聞もなく男泣きを始めた。
大声をあげて泣く筋骨隆々の大男の前で、唖然となる俺とタチアナ。
まさか泣き出すとは露ほども思っていなかった俺とタチアナは、おろおろと狼狽えてしまい、結局イルダーナフが泣き止むまで二人して背中をさすり続けたのだった。
「あの状況から、どうやって遺跡から抜け出せたんだ?」
至極当然なイルダーナフの疑問に、
「埋まった土の中に奇跡的に空洞ができてたのよ。そこを何とか通り抜けたの」
嘘の下手なタチアナが目を泳がせながら答える。
あの絶望的な状況を考えれば、かなり苦しい説明だったが、イルダーナフはそれ以上詳しいことは聞いてこなかった。
俺とタチアナは顔を見合わせてほっと息を吐く。
「まあ、お前達が無事ならそれでいい」
泣き腫らした目をこすりながら、イルダーナフは豪快に笑った。
本当のことを話さなかったのは、もちろん魔導アーマーの存在を隠したかったからだ。まだ短い付き合いだが、イルダーナフは悪い人間ではない。しかし、彼も穴掘り屋だ。
発掘された遺物の所有権はもちろん依頼主にあるが、発見した彼らも相応の報酬が得られる。魔導アーマーほどの遺物ともなれば、その額も破格に違いない。
幸いだったのは、遺跡の発掘調査がしばらく休止となることだ。
あれだけ大規模な土砂崩れが起きたのだから、再開までにはしばらく時間が掛かるだろう。根本的な解決にはならないが、これで魔導アーマーの存在が露見するのを少し先送りできる。
後は、シュルツが上手く立ち回ってくれるのに期待するしかない。
今日までの賃金をイルダーナフから受け取った俺とタチアナは、早々に彼らの宿を後にすることにした。
別れ際に、
「オグマ。お前は穴掘りとしてかなり優秀だ。ぜひ、また一緒に仕事しようぜ」
人好きのする笑顔を浮かべ、イルダーナフが握手を求めてきた。
戸惑いながら手を差し出すと、強い力で握り返される。長年、穴を掘り続きてきた、節くれだった硬い感触。
「もちろんだ」
俺もイルダーナフの顔をしっかりと見返して、大きく頷く。その隣で、「そのときは、もちろん私も一緒だよ」タチアナが目を細めてニコニコしていた。
「はー、今回はいろいろと大変だったね」
景色を眺めるのに飽いたのか、隣の席にタチアナが戻ってきた。
ガタン、と車輪が石に乗り上げ、車体が大きく揺れる。
「きゃっ!?」
小さな悲鳴を上げたタチアナが俺に倒れ込んできた。
咄嗟に腕を出した俺は、そっとタチアナを抱きとめる。タチアナの身体は想像していたよりずっと華奢だった。
「ご、ごめん……」
顔を真っ赤にしたタチアナが、あわあわと俺から離れた。
二人の間に、不自然な距離が生じる。そして、沈黙。なんだか気まずい空気が流れる。
倒れかかってきたとはいえ、女性の身体に無断で触れてしまったのは不味かっただろうか。車輪が大地を回る音だけが静かに響く。
どれくらいたってか「オグマ。……今回はいろいろ迷惑かけてごめんね」唐突に、しおらしく肩をすぼめてたタチアナが頭を下げてきた。
見上げるような視線には申し訳なさがありありと滲んでいる。
「別に気にする必要はない。タチアナが悪いわけではないのだから」
確かに、今回の仕事ではいろいろと大変な目にあった。
危うく生き埋めになるところとだったし、まさか、強力な魔導兵器である魔導アーマーを発見するとは思いもしなかった。
けれど、それらはすべて不可抗力によって起きた出来事で、タチアナに責任があるわけではない。
「そう言ってもらえると助かるけど……でも、またオグマに助けられちゃったね。天井が崩れた時には、正直もうダメかと思ったもん」
当時の状況を思い出したのか、タチアナが小さく身震いする。
「単に運が良かっただけだ。俺は大したことはしていない」
「違うよ。オグマのおかげだよ。あんな魔力の使い方は普通しないし、できないから」
魔力を <操作> し、自分の周囲にそれを展開することで、バリアのように土砂の侵入を防ぐ。それは、本当に単なる思いつきに過ぎなかった。
上手くいく自信など微塵もなかったし、何より悠長に考える暇がなかった。
しかし、結果的にタチアナとシュルツを救うことが出来たのだから、少しは自分を認めてもいいのかもしれない。
それに、俺はこれまではスコップを魔力で <強化> して穴を掘っていたが、素手でも結構サクサクと掘れることが分かった。
魔力の使い方の幅が広がったという意味では、いい経験になったのは間違いない。きっと、今後の穴掘りに活かせるはず。こっちこそ感謝したいぐらいだ。
「ねぇ。オグマはこれから何か目標とかあるの? やってみたいこととか?」
「やってみたいこと?」
タチアナの質問の意図が理解できず、俺は首を傾げた。
「例えば――そうね、叶えてみたい夢とかさ?」
「ああ、そういうことか」
ようやく合点がいき、俺は首肯する。
夢か。子どもの時分から、魔導騎士以外になりたいものなどなかった。魔導騎士になるために鍛錬を続けていたし、絶対になれると信じて疑わなかった。
その夢が破れた今の俺は、風が吹けばどこへ飛ばされるかも分からない宙ぶらりんの存在。やってみたいことなど、穴掘り屋になってから考えたこともなかった。
「もしさ……もしもだよ。オグマさえ良かったら、これからも一緒に仕事がしたいなぁ、なんて思ってるんだよね、私」
顔を俯き加減にしながら、タチアナは早口で言う。
「これまでも、一緒に何度も仕事をしたぞ?」
多分、タチアナが言いたいのはそういうことではないのだろうが、俺は彼女が何を伝えたいのかがイマイチ理解しかねた。
俺もタチアナもフリーの穴掘り屋なので、別々の現場で仕事をすることが多い。基本的にはそれぞれ繋がりのある人から仕事を紹介してもらっている。
俺の場合は一度声を掛けられた親方から、再度お呼びが掛かるのがもっぱらだ。
「そうなんだけどさ、そろそろお互いフリーじゃなくて……」
歯切れの悪いタチアナに「つまり?」と俺は先を促す。
「だからね……一緒に穴掘り屋のクランとかを作りたいなぁと、思って」
「クラン? 二人でか?」
クランとは冒険者ギルドでいうところのパーティーのようなもので、気の合った者同士で作る小さな共同体だ。
原則、仕事はクラン単位で仕事を請け負う。
しかし、確か二人ではクランは作れなかったはずだ。
「……できれば二人がいいけどさ……」
「えっ?」
ごにょごにょと小声で言うタチアナ。
よく聞き取れない。
「ふ、二人じゃクランは作れないのは知ってるよ。仕方ないから……デュオに声掛けて三人でどうかな?」
「クランか……」
街の穴掘り屋のほとんどは鉱山ギルドに所属している。
フリーの穴掘り屋も少なくはないが、俺達を含めてせいぜい十人ちょっとだろう。これまでは、誰かと一緒にクランを作るなど考えたこともなかったが、タチアナとデュオと一緒なら悪くないかもしれない。
独りの気安さは確かにあるが、同時に寂しさがないと言えば嘘になる。
魔導学院を退学になり、家からも追い出されてから、俺はすっかり周囲の人々と疎遠になってしまった。けれど、心のどこかで誰かと繋がっていたいという願望があるのも事実だ。
「……少し考えさせてもらっていいか?」
「うん。もちろん! いつまでも待ってるから。あっ、ちなみにデュオにはもう了解を取ってるからね」
満面の笑みでそう言うと、タチアナは再び車窓の外へと視線を戻した。
砂漠の景色の向こうに、ちらちらと緑色の影が遠く見え始めていた。




