第二十五話 魔導アーマー
黒い扉を潜り抜け――向こう側へ足を踏み入れた瞬間、視界がパッと瞬いた。
眩いばかりの光が、俺達三人に降り注ぐ。
どういう仕掛けになっているのかは不明だが、人に反応して明かりが灯る仕組みになっているようだ。
「――ッ!?」
すぐ背後で、タチアナとシュルツが鋭く息を飲む音が聞こえた。
無理もない。
これまでに見た遺跡のどの広間よりも、広漠とした空間が眼前に続いている。よほど密閉された区画だったのだろうか、まったく土や砂に埋もれていない。
天井は高く、横幅もゆうに三十メートル程はありそうだ。真っすぐ伸びる通路を挟むように、それらは整然と並んでいた。
機械?
不思議な光沢を放つ――黒い人型のシルエット。
生物ではない。全高はニ.五メートルぐらいで、ずんぐりむっくりした形態をしている。記憶の底に、引っ掛かるものがあった。
「あれは――もしかして、魔導アーマー?」
目をぱちくりとさせながらタチアナが呟いた。
彼女は物知りだ。魔物や魔導具の類にやけに詳しいところがある。
「魔導……アーマーだと!?」
シュルツが驚いたように一歩前へ踏み出す。
そうだ。
あれは、魔導アーマー。
かつて、この大陸で起きたい聖と魔の大戦、その最中に使用された魔導兵器だ。魔力を動力源にして動くその機械の塊は、この大地を縦横無尽に蹂躙し、夥しい数の命を奪い去った。
鋼鉄製のボディは極めて高い防御力を誇り、アームと呼ばれる両腕から繰り出される一撃は、小山を消し飛ぶ程の凄まじい威力を持つ。
そして、胸部に据えられた鏡面のような円型の部位。魔力をビームと呼ばれる無属性の破壊光線に変換して放つことができる。この破壊光線に一度狙われたなら、待っているのは確実な死だ。
広間の左右、空中に二本のレールが渡され、それに吊らされるようにして五十体近くの魔導アーマーがひっそりと沈黙していた。
見たところボディに損傷はなく、動力さえあればすぐにでも稼働は可能なように見える。
「……まいったな、これだけの魔導アーマーがほとんど無傷で現存しているとは」
そう言うシュルツの声は、どこか沈んでいた。
片方の眉を上げ、タチアナが首を傾げる。
「意外な反応ね。こんな破格の魔導兵器が見つかったんだから、てっきり喜ぶと思ったのに」
「確かに、ファルケンにとっては大発見だ。もし、この魔導アーマーが首尾よく軍事運用できたならば、我々「砂の騎士団」の戦闘能力は格段に向上するだろう。しかし、それはすなわち新たな戦争の火種に他ならない」
苦悩するように眉間を寄せるシュルツ。
彼らファルケンの目的は、遺跡から発掘される魔導具を武器へと転用し、戦力の増強を図ることだ。
ただ、だからと言って彼らの誰もが戦争を望んでいるという訳ではないということか。
「これでも、私も「砂の騎士団」の端くれ。許可なく主君を語ることは畏れ多いことだが……」
一旦言葉を切り、迷うような間を空けてからシュルツが先を続ける。
「ルーベンゲルト様は、恐れを知らぬ勇猛なお方だ。武芸にも優れ、知略にも長けておられる。戦場へ出れば負け知らずの、獅子王と渾名さえる所以だ。同時に飽くなき野望も持っておられる。ルーベンゲルト様は……いずれの日か、この国の頂点を目指されるおつもりだ」
「それってつまり、クーデターを考えてるってこと?」
苦しそうに胸を押さえながら、タチアナが訊く。
「そうだ。もっとも、これは五大公家をはじめとする国家の中枢にいる者にとっては公然の秘密。ゆえに、我々ファルケンに対する風当たりは日に日に強くなっている」
ファルケンに出立する前、ジークさんから聞かされた話を思い返す。
ルーベンゲルト辺境伯に関するきな臭い噂とは、このことだったのだろう。まさか、ファルケンが国家の転覆を目論んでいるとは思わなかった。
「御子息のアイザック様は、魔力が足らずに魔導騎士の夢こそ叶わなかったが、魔導兵器の研究者として突出した才覚を示されている。この遺跡で発掘された魔道具がアイザック様の手により強力な兵器へと生まれ変わり、それをルーベンゲルト様の指揮のもと我々が武器として振るう。これこそが、我々「砂の騎士団」の強さの秘密なのだ」
資源に乏しく、砂漠という厳しい環境下において、済世遺跡からもたらされる魔道具の恵みこそが、ファルケン繁栄の源泉だ。
そして今、彼らは間違いなく五大公家に匹敵するだけの力を持ちつつある。もし、この魔導アーマーが本当に軍事運用されたならば、夢物語でも何でもなくファルケンが覇権を手にする日はそう遠くないかもしれない。
ふいにオリヴィアの顔が脳裏に浮かんだ。
福音魔導学院へ入学したというオリヴィア。しかも、入学試験ではトップの成績を取ったそうだ。妹が優秀なのは、兄として誇らしい限りだが、同時に心境は複雑だった。
控えめで優しい性分のオリヴィアが、戦争に向くとは思えない。それでも、魔導騎士になればいつ戦場に立つか分からないのだ。
戦場で剣を振るい、魔術を放つオリヴィアの姿は到底想像できるものではないし、正直に言えば想像したくなかった。
「シュルツさん。頼みがある」
「なんだ?」
「この魔導アーマーを見なかったことにできないだろうか?」
これはただの自己満足。
今の俺は貴族家の人間ではなく、ただの平民だ。巨大な権力を有する彼ら貴族に抵抗するなど、愚の骨頂だろう。
しかし、戦争が始まれば、犠牲になるのは弱き者。
それに、できることならばオリヴィアには戦いとは遠い場所にいて欲しい。兄の俺にしてやれることがあるのならば、何でもしたい。
その機会が目の前にあるというのに、指を咥えて見ていることはできない。
「騎士である私に、主君を欺けというのか」
静かなシュルツの声音から、怒りの感情は読み取れなかった。
不透明な眼差しで、沈黙を続ける魔導アーマーの群れを眺めている。
俺は今、かなり無理筋なことをシュルツにお願いしている。
騎士が、主君に対して重大な情報を秘匿とするのは、大いなる欺瞞行為に他ならない。これだけの魔導兵器を手中に収めることが、カペラ家にどれだけの利をもたらすかは、元貴族である俺には嫌というほど理解できる。
それを承知の上で、俺はシュルツに頼んだのだ。
ルーベンゲルト辺境伯の言動を考慮すれば、この国では早晩戦争が起きる。
ただのお為ごかしかもしれないが、争いは可能な限り最小限に留めたいし、できるだけ先送りにしたい。その間に、何か新しい変化が起こるかもしれないのだ。
「……いいだろう。お前に救ってもらった、この命だ。本来ならば、私はこの場所に立っていなかった人間。お前の意に沿おう」
「……申し訳ない」
シュルツの決断は生半可なものでない。
俺はただ深く頭を下げた。
「そういうことにしようと思うのだが、タチアナはどう思う?」
俺達から少し離れて話を聞いていたタチアナに水を向ける。
「もちろん、私はオグマに従う。私もオグマに命を救われたから。決まってるじゃない」
迷いなく言い切ったタチアナは、朗らかな笑みを浮かべた。
「そうと決まれば、さっさとこの遺跡から出ないと――」
タチアナの言葉の終わりを待たずに――出し抜けに激しい振動が遺跡全体を揺るがした。
「きゃあっ!」
「うぉおっ!?」
両足で立っていられずに、俺たち三人は慌ててその場に身を屈ませる。
地震ではない。
見ると、黒い扉の向こう側で雨のように土砂が降り注いでいる。
「あっ、通路が塞がれちゃう!」
タチアナが悲鳴じみた声を上げ、シュルツは天を仰いだ。
先ほどの天井の崩落の影響だろう、通路も完全に土砂で埋まってしまった。扉の向こうに土の壁が出来上がっている。
ここから、また穴を掘って遺跡の外へ脱出するのはかなり骨が折れそうだ。
「また、閉じ込められちゃったね……」
辟易したタチアナの呟きが、虚しく空中に溶けていった。




