第二十四話 脱出
魔力が張り巡らされた土の中の空間を歩きながら、オグマが時折、土壁に掌を押し当てている。
一体、何をしているのだろう?
首を傾げる私と護衛騎士を、オグマが振り返った。
「おそらく、この場所が一番土の壁が薄い。奥はたぶん、さっきガーゴイル達が出現した扉のある通路に繋がっていると思う」
「何故、それが分かる?」
不可解そうに護衛騎士が眉根を寄せる。
「魔力を応用した簡便な探査だ。土の中へ魔力を糸のように伸ばして、手に返ってくる僅かな変化を感知する」
「え? もしかして、オグマは今までも現場でそういうことをしてたの?」
「……ほんの思い付きで始めたことだ。<錬成> によって感度を上げた魔力を <操作> で上手く遠くへ伸ばせば、土の中の状態がちょっとは探れるのではないかと思ったんだ。正直な話し、精度はその時の時でまちまちだから、穴を掘る際にちょっと参考にする程度だがな」
「貴様……本当に、ただの穴掘り屋なのか?」
驚嘆したように護衛騎士が唸った。
私もまったく同意見なのだが、もう何があってもオグマ相手ならば驚かない。
「よし」
と、オグマが気合の声を上げて、作業着の袖をたくし上げた。
「何をするつもりだ?」
護衛騎士の問い掛けに「もちろん、穴を掘る」と、至極平然と答えるオグマ。
「えっ? でも道具が何もないんだよ」
穴掘り屋はスコップやシャベルを持ってなんぼの職業。ガーゴイル達とのどさくさで、道具はすべて現場に打ち捨ててきた。
まさか――素手で掘るとでもいうのだろうか?
冗談半分にそう考えていると、オグマが体内で魔力を熾すのが視えた。
流麗な川面の流れのように、深く練られた魔力がオグマの体内を巡り、やがてその両腕に収斂する。
魔力による <強化> とは、身体の細胞と魔力とを最適で融合させ、定着させる技能。必要に応じて魔力に強弱をつけることも可能で、おそらくオグマはすべての魔力を両手に集中させている。
「――?」
護衛騎士はオグマの魔力が視えていない。それでも、魔力の流れは察知しているらしい。
魔導騎士は、魔力の熾りや動きを感知する技能を習得しているという。
「二人は少し離れていてくれ」
言うなり、オグマは目の前の土壁に向けて無造作に両手を突き刺した。
ザシュっ!
まるで、鋼鉄のスコップの切っ先を突き立てたように、オグマの両腕が面白いようにめり込んでいく。
「……」
機械じみた動きで、黙々と両腕を動かすオグマ。掘り出された土の塊が、盛大に辺りに舞う。
掘って、掘って、掘って、掘る。
瞬きをするたびに、瓦礫の混じった分厚い土の壁に大きな穴が開いていく。
示し合わせたようなタイミングで、私と護衛騎士は目を見合わせた。お互いに、唖然とした表情を浮かべているのは言うまでもない。
とりあず、私たちはオグマの邪魔だけはしないように、大人しく離れた場所に座った。
程なくして、オグマの背中が穿たれた穴の中に消えて見えなくなる。
「……おい、お前」
「お前じゃない、私はタチアナ」
「そうか……私はシュルツ。「砂の騎士団」の魔導騎士だ。それで――タチアナ、あの男は一体何者なんだ?」
「オグマは穴掘り屋。たぶん……そうだと思う」
言ったそばから、私の中で自信が無くなっていく。
オグマ。
名前は知っているけど、性は知らない。私と同じ、フリーランスの穴掘り屋。
私から誘って、何度か同じ現場で一緒に仕事をしたことがある。いつもは寡黙で、自分のことはほとんど喋らない。私とデュオが馬鹿なことを言い合っているのを、隣で静かに聞いている。
仕事は凄く出来る人。
オグマには自覚がないだろうけど、穴掘り屋仲間の間では、彼は結構有名人だ。仕事量は、通常の穴掘り屋の軽く五倍はこなす。頼もしい、仲間。無口だけど、思い遣りがあって優しい。
それに、オグマの立ち居振る舞いはどこか洗練されていて、もしかしたらどこぞの貴族のお坊ちゃんじゃないのかなんて、勝手に思っていたりもする。
……ただ、すべては私のオグマに対する一方的な印象であり、推測の域を出ない。
実際には、私はオグマのことをほとんど何も知らないのだ。
そう考えると、胸にやるせない思いが去来して、少し苦しくなる。なんでだろう。よく分からない。
でも、とにかくオグマは凄い。素手であんなに早く穴掘りが出来るなんて、どう考えても普通じゃない。例え、どれだけ肉体を魔力で <強化> したとしても。
「ヤツは今、魔術を使っていない。私は魔力を視ることはできないが、魔術を行使すれば分からないはずがないからな。だから、ヤツが言っていることは本当なのかもしれない」
ついさっきまで、オグマに対して疑心暗鬼だったシュルツの態度があからさまに変わる。
まあ、眼前で起こっている現実を目の当たりにすれば、誰だってそうなるだろう。
「あれ程、魔力の <強化> の技能を高度に操る人間は、おそらく「砂の騎士団」にはいまい。いや、この国にもいるかどうか……」
現代は魔術の全盛期。
人間の世界では、何より魔力の <発現> の技能が優先されているらしく、他の能力はなおざりになっている。
魔術が使えないということは、オグマには <発現> の才能がないということだ。ただ、その代わりに <操作> と <錬成>、<強化> の技能に関してはずば抜けている。
すっかりオグマの凄さに圧倒されたように、舌を巻くシュルツ。
それを横目にしながら、オグマが認められたようで、なんだか私は無性に嬉しくなった。
時計がないので正確な時間は分からないけど、オグマは休憩も取らずに二時間ぐらい穴を掘り続けた。
その間、私はオグマが掘り出した土塊や瓦礫が邪魔にならないように、空間の端のほうにどけていく。
せめて、少しでも役に立ちたかった。
やがて、オグマが顔中を土で黒くして戻って来た。
「ようやく、向こう側に穴が通った。予想通り、その先はさっきの通路に繋がっている」
オグマに先導されて、私たちは土砂に覆われた空間から抜け出す。
土壁に開いた穴は、人がひとり十分に通れるだけの広さがあり、内壁もしっかりと締め固められている。負傷している護衛騎士も、私の後に続いた。
抜け出た先は、オグマの言う通り私達が作業をしていた現場へと通じる広い通路だった。
この先は、土砂が崩れていない。通路の両側に設置された魔術灯も生きている。辺りを照らす柔らかな光が目に染みて、ほっと安堵してしまう。
正直、天井が崩れて土砂に飲まれた瞬間は、もう駄目だと思った。
「それで、これからどうするの?」
もし、本気でここから脱出するつもりなら、遺跡の入口へ向けて穴を掘ったほうが良かったのではないだろうか?
この先へ進んでも、さっきガーゴイル達が現れた扉があるだけだ。
「これで、当座の空気が確保できた。ここで少し休んでから、反対側へまた穴を掘っていけば何とか脱出はできるだろう」
「あっ。そうか」
空気の問題をすっかり忘れていた。
オグマが居候先の娘さんからプレゼントされたミサンガに付いていた <抱空石> のおかげで、一時的に酸素を供給することが出来ていたけど、それもいつまで持つか分からないのだ。
この場所には、まだ十分な空気が残さているから、オグマの言う通り、ここからまた土の中の空間に戻って穴を掘っていけば戻れるかもしれない。
「なあ……あの扉の先へ行ってみないか?」
シュルツが通路の奥、ガーゴイル達が隠れていた扉のほうを指差した。
遠くに見える黒い扉は、半端に開いたままその奥へ向けてぽっかりと深い闇を広げている。
「危なくない?」
私はどうにも気が進まなかった。
そもそも、こんな酷い目に遭っているのも、あの扉からガーゴイル達が襲ってきたせいだ。その先が安全だとはとても言い難い。
けれど、それだけ重要な場所であるとも言える。
「もちろん、無理にとは言わない。お前が決めてくれたらいい」
どうやらシュルツも強行するつもりはないようで、オグマに意見を求めた。
私も、もちろんオグマの指示に従うつもりなので黙って待つ。
「……」
オグマは遺跡の入口のほうと、扉のほうを交互に見やってから、
「分かった。覗くだけでも覗いてみよう。もしかしたら他の脱出路が見つかるかもしれない。だが、危険そうだと判断したらすぐに取って返す」
「本当か? ああ、もちろんだ」
オグマが許可を出したのが意外だったのか、シュルツは戸惑いと喜びが入り混じった微妙な表情を浮かべた。
まあ、彼らの本来の目的は、この遺跡に眠る魔道具の発掘なわけだから、この絶好の機会をみすみす逃したくはないのだろう。
私達は通路を進み、扉の前に立つ。
また、ガーゴイルが出て来ないかと気が気でなかったが、扉の奥からは何の気配も感じない。
「よし、行こう」
扉の端に手をかけて、迷う素振りもなくオグマが奥へと進んだ。
その後を私が、最後をシュルツが続いた。




