第二話 魔導騎士になりたかった穴掘り屋
ザシュッ!
スコップを前へ押し出すと、硬い岩肌に切っ先が突き刺さり、まるでプリン(卵と牛乳と砂糖で作るお菓子。ちなみに俺の大好物)のようにめり込んでいく。
朝からずっと魔力を使いっ放しで、身体は疲労困憊しているはずなのに、この感触が俺をまた蘇らせてくれる。
ザシュ! ザシュ! ザシュ!
続けざまにスコップを突き出し、岩肌をどんどん切り裂いていく。
崩した土砂は、背後のほうへ適当に放り投げる。
穴掘り。
ひたすら続く単純作業の連続。
振りかぶって、スコップを突き出す。
振りかぶって、スコップを突き出す。
もう、いったいどれぐらい同じ動作を繰り返したのだろう。
普通だったら飽きる。
もしくは、嫌になる。
俺はどちらかと言えば忍耐強い性格かもしれないが、この仕事が今まで続いているのは、単に岩肌を突き崩す瞬間に覚える万能感に酔いしれているだけなのかもしれない。
多分あれだ。
脳内麻薬か何かが出ているに違いない。
アナホリーズハイみたいな?
「おい、穴掘り屋。今日の作業はそろそろ終いだ。さっさと上がれ」
背後から聞こえてきた道間声が、周囲の土壁に幾重にも反響した。
親方の声は不必要に大きい。
いきなりこうして声を掛けられると、真面目に心臓に悪いから止めて欲しいと真剣に思う。
抗議の意味も込めて、俺は少し険のある視線で振り向いたが、もちろん親方には通用しない。
どこ吹く風だ。
すたすたと俺の隣までやって来ると、親方は腕組みをしてから感嘆の声を漏らした。
「それにしても、たった一日ですんげー進んだなぁ。話には聞いていたが、これは予想以上だぜ。いやぁ、えらい掘り出し物を見つけたもんだ」
俺が今日、掘り進んだ坑道はざっと十五メートルくらい。
そこそこのベテランの穴掘り屋が三人で作業に取り掛かって掘れる距離は、だいたい一日五メートルほど。
単純計算で三倍ほど作業効率がいい。
その事実に、俺はちょっとばかり得意顔になりかけ――慌てて表情を引き締めた。
ここで、勘違いをしてはいけない。
「魔力による強化ってやつだっけ?」
「はい」
小さく頷き、俺は右手で握ったスコップを軽く持ち上げた。
俺にとっては愛用の、親方にとっては何の変哲もない、ただのスコップ。
事実、普通に店に並んでいる一本いくらのスコップだ。
幼い頃より続けきた血を吐くような鍛錬のおかげで、俺は体力と腕力にいささかの自信を持っている。
けれど、だからと言って、一日十五メートルも穴が掘れるわけはない。
そこには、ちょっとしたカラクリがある。
いや、カラクリと呼ぶほど大層なことじゃないか。
ただ、自分の魔力によって肉体とスコップを少しばかり強化しているのだ。
<強化> <操作> <錬成> <発現>
これら四つは、魔力を操るための技能である。
才能、と言い換えてもいいかもしれない。
たゆまない基礎訓練のおかげで、俺は <強化> と <操作> と <錬成> に関しては、かなり高いレベルにあると自負しているのだが、一方で <発現> の才能にはまったく恵まれなかった。
そして、それはこの世界で戦士として生きるには致命的だった。
<発現>
それはすなわち、魔力を媒介にして世界の一部を自らが望むカタチに書き換える技能。
人はそれを――「魔術」と呼ぶ。
例えば、【血脈の躍動】という魔術がある。
これは、術者の身体能力を一時的にアップさせる魔術なのだが、その効果は、俺が今行っている魔力による <強化> とは比肩すべくもない。
大人と子供。
いや、もっとか。
ドラゴンと蟻。
まあ、それぐらいの差があるのだ。
今の世は、まさに「魔術」全盛の時代。
「魔術」を行使するための <発現> の技能が何より尊ばれる。
そして、それとは裏腹に、<強化> <操作> <錬成> の技能はすっかり廃れ、ほとんど役立たずと見なされているのだ。
「ダメだ。俺にはどうしたって、ただのスコップにしか見えねぇな」
しばしの間、俺のスコップと睨めっこしていた親方が、あきらめたように大きな溜息を吐いた。
どうやら、親方には魔力を操る才能がないらしい。
いや、魔力を操る技能に恵まれ魔術が行使できる者でも、他者の魔力を目で視ることができる人間は稀だ。
彼等は、「魔眼」持ちと呼ばれている。
何の皮肉か、<発現> の才能がなく、「魔術」がまったく使えない俺は、その「魔眼」持ちなのだ。
実際、俺が掲げているスコップは、凍てつくような青白いオーラに覆われている。
俺の身体も同様だ。
ゆらゆらと陽炎のように揺らめくそれは、まるで何かの波動のようで、ぱっと見カッコよくてちょっと強くなったと勘違いしそうになる。
しかし、俺は魔力に内在する可能性を最大限に引き出す魔術が使えない。
そう。
俺は弱いのだ。
悲しいぐらいに。
いくら「魔眼」持ちだろうと。
少しばかり <強化> <操作> <錬成> の技能が高かろうと。
<発現> の才能がなく、「魔術」が使えない時点で、有体に言って終わっているのだ。
もし、【血脈の躍動】の魔術が使えたらな、きっと一日で坑道をゆうに三十メートルは掘り進められただろう。
親方が俺のことを褒めてくれるのは嬉しいが、ここに「魔術」が使える人間が一人でもいれば、作業効率はさらに倍化するに違いない。
もっとも、本当に魔術が使えたならば、俺はわざわざこんなところで穴掘り屋なんてしてないだろう。
きつい、汚い、安い。
芋虫のように、土の中を這うような仕事を誰が好んでするだろうか。
俺が成りたかったもの。
成らなければならなかったもの。
与えられた命題。
幼心に抱いた、純真な夢。
魔導騎士に――俺は成りたかった。
「この調子なら、明日には作業も終わりだな。今日は報酬の方も少し色をつけてやる。入り口で忘れずに受け取ってから帰れよ」
茶目っ気たっぷりに片目を瞑ってみせると、そのまま親方は踵を返して坑道を戻っていく。
「ありがとうございます」
遠ざかる背中に頭を下げ、それからその場で一度大きく伸びをすると、俺も現場を後にした。
<説明>
強化、操作、錬成、発現――魔力を操る四つの技能。詳細については、今後のお話にて。
血脈の躍動――序列第六位の魔術。術者の身体能力を一時的に高める。
魔眼持ち――魔力が視える人間を指す言葉。およそ三十万人に一人の割合で存在する。




