第九十二話 もう一つの血筋
「もう一つの……血筋?」
リゼリアは母の言葉を繰り返した。
夫人は静かに頷く。
「ええ。」
「でも、お父様。そんな話、聞いたことがないわ。」
公爵は険しい顔で首を振った。
「私も知らない。」
「では、なぜお母様は……。」
「母から聞いたからよ。」
夫人は答える。
「ただし、詳しいことまでは教えてもらえなかった。」
ノアが尋ねる。
「アレクシスは、エヴァンローズ家の人間だったんですか?」
「正確には……違う。」
「エレノア様の血を引いていたの。」
リゼリアが目を見開く。
「エレノアの……?」
「ええ。」
「だから、アレクシスの子孫もエレノアの血を継いでいる。」
ノアが考え込む。
「それなら、リゼリアと同じ血筋ということになりますね。」
「そう。」
夫人は頷いた。
「そして、昔からその血筋を巡って争いがあった。」
レオンが眉を寄せる。
「何のために?」
「分からない。」
「でも、エレノア様はその争いからアレクシスを守った。」
リゼリアは肖像画を思い出す。
「だから、エレノアは全部を記録に残した……。」
「おそらくね。」
夫人は答えた。
ノアが黒い木箱を見る。
「では、あの記録にはアレクシスの血筋について書かれていた可能性が高い。」
「そうだと思う。」
リゼリアはペンダントを握る。
「でも、どうして今になって?」
その時。
公爵が突然、何かを思い出したように顔を上げた。
「……一つある。」
「何?」
「昔、父から聞いた話だ。」
公爵はゆっくり話し始める。
「エヴァンローズ家には、代々伝えられてきた言葉がある。」
「『二つの血が再び交わる時、失われた秘密が戻る』。」
リゼリアは黙り込む。
「二つの血……。」
「エレノアの血を引く二つの家系。」
ノアが呟く。
「その二つが交わる時に、何かが起きる。」
「そういう意味かもしれない。」
レオンが腕を組む。
「だが、それだけではリゼリアを狙う理由にはならない。」
ノアが頷く。
「まだ何かある。」
すると。
夫人が小さな声で言った。
「……あるわ。」
全員が夫人を見る。
「母は、もう一つだけ言っていた。」
「何を?」
夫人はリゼリアを見つめた。
「『リゼリアが生まれた時、アレクシスの血筋が動き始めた』と。」
「……私が?」
「ええ。」
リゼリアの顔が強張る。
「どうして私が生まれたことで?」
「それは分からない。」
夫人は首を振る。
「だから、墓地へ行けば分かるかもしれない。」
ノアが即座に言った。
「行く。」
「ただし、リゼリア一人では行かせない。」
リゼリアも頷く。
「私も行く。」
「俺も。」
レオンが続く。
「三人で行けばいい。」
公爵も頷いた。
「騎士も同行させる。」
「罠だとしても、こちらが備えていればいい。」
リゼリアはノアを見る。
「明日の夜ね。」
「ああ。」
ノアはリゼリアの手を握った。
「今度こそ、真実を見つけよう。」
「うん。」
◇ ◇ ◇
その夜。
誰もいない部屋で、一人の男が古い手帳を開いていた。
そこには、二つの家紋が描かれている。
エヴァンローズ家。
そして、もう一つの知らない家紋。
「ようやく、二つの血が揃う。」
男は小さく笑った。
「これで、百年前の続きを始められる。」
手帳の最後のページには、一人の少女の名前。
――リゼリア・エヴァンローズ。
その名前の横には、赤い線が引かれていた。




