第八十八話 罠の中
「……分かった。」
リゼリアは男を見つめた。
「私が行く。」
「リゼリア!」
ノアが低い声で呼ぶ。
リゼリアは振り返り、小さく笑った。
「大丈夫。」
「約束したでしょう?」
「絶対に一人にはならないって。」
ノアの表情が少し緩む。
「……そうだったな。」
リゼリアは一歩前へ進む。
その瞬間。
男が黒い木箱を床へ置いた。
「そこで止まれ。」
リゼリアが足を止める。
「ミアを解放して。」
「まず、お前がここまで来い。」
「分かった。」
さらに一歩。
その時だった。
ノアがリゼリアの手を強く握る。
「今だ!」
ガキィン!
ノアが剣を抜き、男へ斬りかかった。
「なっ……!」
男が慌てて後退する。
同時に、レオンが反対側へ回り込む。
「逃がさない。」
「くそっ!」
男が懐から短剣を取り出す。
しかし。
カランッ。
レオンの剣が短剣を弾き飛ばした。
「終わりだ。」
騎士たちが男を取り囲む。
男は悔しそうに歯を食いしばった。
「……最初から、俺を捕まえるつもりだったのか。」
ノアが答える。
「ミアを人質にした時点でな。」
「リゼリアを一人で行かせると思ったか?」
男は黙り込む。
その隙に、ノアは黒い木箱を拾い上げた。
「これが欲しかったんだろ。」
男の顔が変わった。
「返せ!」
「理由を話せ。」
ノアが低く言う。
「なぜリゼリアを狙う?」
「……。」
「エレノアとは何者だ?」
男は答えない。
だが。
リゼリアが一歩近づいた。
「あなたは、エレノアの何を知っているの?」
男はリゼリアを見る。
しばらく黙った後。
「……俺の祖先が、エレノアに仕えていた。」
「え……?」
「エレノアは、ある秘密を守るために全てを捨てた。」
リゼリアの表情が変わる。
「秘密って?」
男は黒い木箱を見る。
「その中にある。」
ノアが箱を見下ろす。
「なら、開ければ分かるな。」
「開けるな!」
男が初めて声を荒げた。
ノアが眉を寄せる。
「なぜだ?」
「それを開ければ――。」
男は言葉を止める。
そして、小さく呟いた。
「エヴァンローズ家の人間が、必ず狙われる。」
リゼリアの胸がざわつく。
「……だから私を?」
「ああ。」
「お前がエレノアの血を継いでいるからだ。」
ノアがリゼリアを見る。
リゼリアは箱を見つめた。
「だったら……。」
ゆっくりと箱へ手を伸ばす。
「私が開ける。」
「リゼリア。」
「大丈夫。」
ノアは止めなかった。
ただ、すぐ隣に立つ。
「俺も一緒にいる。」
「うん。」
リゼリアが鍵を差し込む。
カチッ。
古い鍵が回る。
そして――。
ゆっくりと、黒い木箱の蓋が開いた。




