第八十七話 忍び寄る影
翌朝。
リゼリアが目を覚ますと、ノアはすでに起きていた。
「おはよう。」
「おはよう、リゼリア。」
ノアは微笑む。
「昨日のこと、怖くなかった?」
「少しだけ。」
「そうか。」
ノアはリゼリアの髪をそっと撫でた。
「でも、俺がいる。」
「うん。」
リゼリアは小さく笑った。
その時。
コンコン。
扉が叩かれた。
「ノア様、リゼリア様。」
外から騎士の声がする。
「エヴァンローズ公爵家から急ぎの連絡です。」
「入れ。」
騎士が入ってくる。
「公爵家の使用人が一人、昨夜から行方が分からなくなっています。」
「誰?」
リゼリアが尋ねる。
「ミアという侍女です。」
リゼリアの表情が変わった。
「……ミア?」
以前、犯人に脅されてリゼリアの予定を伝えていた侍女。
「家族を人質にされていた子だよね。」
「ああ。」
ノアが頷く。
「公爵家に戻っていたはずだ。」
「はい。」
騎士が答える。
「昨夜までは確認されています。」
「今朝になって、部屋が空になっていました。」
リゼリアは不安そうにノアを見る。
「もしかして……連れていかれた?」
「その可能性がある。」
ノアは立ち上がった。
「レオンにも知らせる。」
◇ ◇ ◇
エヴァンローズ公爵家。
ミアの部屋には、争った跡はなかった。
ただ、机の上に一枚の紙が置かれている。
ノアが手に取る。
『あなたが知っていることを話してもらう。』
その下には、場所が書かれていた。
「廃教会……。」
レオンが呟く。
「王都の外れにある場所だ。」
リゼリアが紙を見る。
「ミアを助けに行かないと。」
「もちろん行く。」
ノアが答える。
「だが、罠の可能性が高い。」
「分かってる。」
リゼリアは頷いた。
「それでも行きたい。」
ノアは少し黙った。
そして。
「分かった。」
「ただし、俺から離れないこと。」
「うん。」
レオンがため息をつく。
「二人とも、無茶だけはするなよ。」
「分かってる。」
三人は準備を整え、廃教会へ向かった。
◇ ◇ ◇
廃教会。
扉を開けると、中は薄暗かった。
「誰かいる?」
返事はない。
ノアが剣を抜く。
「気をつけろ。」
奥へ進む。
すると。
「……リゼリア様?」
かすかな声が聞こえた。
「ミア!」
リゼリアが駆け出そうとする。
しかし、ノアが腕を掴んだ。
「待って。」
床を見る。
細い糸が張られていた。
「罠だ。」
リゼリアが息を呑む。
その瞬間。
パチン!
教会の扉が閉まった。
そして、頭上から声が響く。
「やっと来たか。」
ノアが顔を上げる。
「誰だ。」
「お前たちが探しているものを知っている。」
暗闇の中から男が姿を現す。
その手には――。
盗まれた黒い木箱があった。
「エレノアの秘密を知りたければ。」
男は箱を掲げる。
「リゼリアを一人でこちらへ寄越せ。」
ノアの表情が険しくなる。
「断る。」
「なら、この箱の中身は永遠に分からない。」
リゼリアは男を見つめる。
「……ミアは?」
「無事だ。」
男の背後から、ミアの声が聞こえた。
「リゼリア様……!」
リゼリアは拳を握った。
そして、ノアの隣で静かに言った。
「ノア。」
「何?」
「私、行く。」
「……リゼリア。」
「大丈夫。」
リゼリアはノアを見る。
「今度は、私も戦う。」
ノアはしばらく黙っていた。
そして、静かに頷いた。
「分かった。」
「でも、絶対に俺の合図を待って。」
「うん。」
男は笑った。
「さあ。」
「エヴァンローズ家の娘。」
「真実を知りたければ、こちらへ来い。」




