第八十二話 古い記憶
公爵の言葉に、リゼリアは戸惑った。
「私が、その記録を見たことがあるの?」
「ああ。」
公爵は頷く。
「二ヶ月前、お前が帰ってきた時に一緒に書庫へ入った。」
「……覚えていないわ。」
「無理もない。あの時は別の用事で来ただけだからな。」
ノアが棚を見る。
「その記録には、何が書かれているんですか?」
「それが分からない。」
「鍵が掛かっていたからだ。」
公爵は少し考えてから続ける。
「ただ、一つだけ覚えている。」
「何を?」
「表紙の裏に、古い文字が書かれていた。」
「何と?」
「『血を継ぐ者だけが知る』と。」
リゼリアが眉を寄せる。
「血を継ぐ者……?」
「エヴァンローズ家の血筋に関係するものかもしれない。」
ノアは考え込む。
「それなら、犯人がリゼリアを狙う理由も……。」
「まだ決めつけない方がいい。」
公爵が遮る。
「何か別の理由があるかもしれない。」
その時。
廊下から足音が近づいてきた。
「公爵様!」
騎士が慌てて駆け込んでくる。
「レオン様からです。」
「何?」
「逃げた男を追いましたが、見失ったそうです。」
ノアが眉を寄せる。
「そうか。」
「ただ、男が落としたものがあるそうです。」
騎士が小さな袋を差し出す。
ノアが中を確認する。
そこには一つの鍵が入っていた。
「……鍵?」
リゼリアが覗き込む。
公爵の顔色が変わった。
「それは……。」
「知っているんですか?」
「古い書庫の鍵だ。」
リゼリアが驚く。
「でも、書庫の鍵はお父様が持っていたはずじゃ……。」
「ああ。」
公爵は自分の懐から鍵を取り出す。
「私の鍵はここにある。」
ノアが二つの鍵を並べる。
「同じものだ。」
「ということは、これは複製された鍵か。」
公爵が頷く。
「おそらくな。」
リゼリアは鍵を見つめた。
誰かがこの家の中に入り込み。
書庫を開け。
古い記録を持ち出した。
そして、自分まで狙っている。
「……怖い。」
小さく呟く。
ノアがすぐに手を握った。
「大丈夫。」
「俺がいる。」
リゼリアはノアを見る。
「うん。」
その夜。
二人きりになった部屋で、リゼリアはベッドの端に座っていた。
「ねえ、ノア。」
「ん?」
「前世の私たちなら……。」
リゼリアは少し迷ってから続けた。
「こんな時、どうしてたのかな。」
ノアは静かに答える。
「きっと、俺は君を外へ出さなかった。」
「……やっぱり?」
「ああ。」
ノアは苦笑する。
「怖かったから。」
「君を失うのが。」
リゼリアは黙ってノアを見る。
「でも、今は違う。」
「君を守ることと、君の自由を奪うことは違う。」
ノアはそっと手を差し出した。
「だから、怖くても一緒に考える。」
リゼリアはその手を握る。
「うん。」
「今度は、二人で。」
「ああ。」
二人は静かに手を重ねた。
そして翌朝。
エヴァンローズ公爵家から、一通の知らせが届く。
そこには――。
**「書庫で、もう一つなくなっているものが見つかった」**
と書かれていた。




