第八十一話 消えた記録
ノアたちは、すぐに書庫へ向かった。
扉は開いている。
中に入ると、床には本が何冊も落ちていた。
「誰かが荒らしたのか?」
レオンが周囲を見回す。
「いえ。」
騎士が首を振る。
「争った形跡はありません。」
公爵が棚へ近づく。
「……ない。」
「何が?」
リゼリアが尋ねる。
「例の記録だ。」
公爵が指差した棚には、一冊分だけ隙間が空いていた。
「持ち出された?」
ノアが尋ねる。
「ああ。」
公爵は険しい顔になる。
「昨夜までは確かにあった。」
リゼリアは棚を見つめた。
「じゃあ、犯人はこの屋敷に入って……。」
「その可能性が高い。」
ノアが答える。
レオンが床に目を向けた。
「待ってくれ。」
「どうした?」
「ここに足跡がある。」
窓の近く。
薄く土の跡が残っている。
「窓から入ったのか?」
騎士が確認する。
「窓の鍵は壊されていません。」
「では、屋敷の中から入った?」
レオンが呟く。
ノアの表情が変わる。
「……やっぱり、内部に協力者がいる。」
その時。
「ノア。」
リゼリアが呼ぶ。
「何?」
「この本。」
リゼリアが床から一冊の本を拾い上げる。
表紙には、エヴァンローズ家の紋章が入っていた。
「それは?」
公爵が驚く。
「古い家系図だ。」
リゼリアはページをめくる。
すると、一枚だけ不自然に破り取られていた。
「ここだけ、ない。」
ノアが本を受け取る。
「何のページだったんだ?」
「分からない。」
公爵は首を振った。
「だが、普通の家系図なら、わざわざ一枚だけ破る必要はない。」
部屋の空気が重くなる。
リゼリアは不安そうにノアを見る。
「この記録と、私が狙われていること……関係あるのかな。」
「まだ分からない。」
ノアは答えた。
「でも、調べる価値はある。」
その時。
廊下から使用人の声が聞こえた。
「公爵様!」
全員が振り返る。
「裏門の警備から報告です!」
「何だ?」
「先ほど、一人の男が屋敷の外へ逃げていったそうです。」
ノアがすぐに反応する。
「顔は?」
「見えていません。」
「どちらへ?」
「王都の方角へ。」
ノアはレオンを見る。
「追えるか?」
「ああ。」
レオンが頷く。
「騎士を連れて行く。」
「頼む。」
レオンが部屋を出ていく。
リゼリアはノアの袖を掴んだ。
「ノア。」
「大丈夫。」
ノアはリゼリアの手を握る。
「今度は逃がさない。」
その言葉の直後。
公爵が小さく呟いた。
「……待て。」
「どうしました?」
ノアが振り返る。
公爵は、空になった棚を見つめていた。
「この記録を最後に見たのは……。」
「二ヶ月前だ。」
「そして、その時に書庫へ入ったのは――」
公爵の顔が険しくなる。
「私と、リゼリアだけだ。」
リゼリアが目を見開く。
「……私?」
ノアも黙り込む。
誰も知らないはずの記録。
なぜ、それが今になって狙われたのか。
そして。
なぜリゼリアまで狙われているのか。
まだ、何も分からなかった。




