第八話 初めての贈り物
季節は、夏へと移り変わっていた。
「リゼリア様」
いつものように庭園で待っていると、ノアが小さな箱を抱えてやって来た。
今日はどこか落ち着かない様子だ。
何度も眼鏡を直しては、ちらちらと箱を見ている。
「どうかしましたか?」
「あ、あの……」
ノアは箱をぎゅっと抱き締めた。
「も、もしご迷惑でなければ……」
「?」
「これを……受け取っていただけませんか」
恐る恐る差し出されたのは、小さな包みだった。
リゼリアは驚いて目を瞬かせる。
「私に?」
「は、はい」
「開けても?」
ノアはこくりと頷いた。
丁寧に包装を解く。
中に入っていたのは、一冊の本だった。
「植物図鑑……?」
「この前、お花がお好きだと仰っていたので……」
リゼリアは本を開いた。
色鮮やかな花の挿絵が並んでいる。
見ているだけで楽しい一冊だった。
「素敵……!」
思わず声が漏れる。
「本当に私にくださるのですか?」
「はい」
ノアは照れくさそうに笑った。
「僕が読んでも分からないことばかりだったので……」
「ふふっ」
思わず笑ってしまう。
「それなら、今度は私が教えて差し上げます」
「え?」
「この花は何という名前で、いつ咲くのか」
ぱらりとページをめくる。
「一緒に読みましょう」
ノアは目を丸くした。
「い、一緒に?」
「嫌ですか?」
「ち、違います!」
ぶんぶんと首を振る。
「すごく……嬉しいです」
その笑顔を見て。
リゼリアも自然と笑みがこぼれた。
◇ ◇ ◇
二人は庭園の木陰に並んで座った。
「これは、バラですね」
「はい」
「こちらは?」
「ラベンダーです」
「へぇ……」
ノアは真剣に話を聞いていた。
まるで授業を受ける生徒のように。
「覚えられそうですか?」
「た、多分……」
「ふふ」
「笑わないでください……」
「ごめんなさい」
でも。
可愛らしかった。
ノアは本当に一生懸命なのだ。
そんな姿を見ていると、自然と頬が緩んでしまう。
「リゼリア様」
「はい?」
「笑っている方が、素敵です」
「……!」
リゼリアは固まった。
突然そんなことを言われるなんて思ってもいなかった。
「あっ!」
ノアも自分が何を言ったのか気づいたらしい。
「す、すみません!」
「その、変な意味じゃなくて!」
「いつも笑っていてほしいとか、そういう……!」
どんどん慌てていく。
その様子が可笑しくて。
リゼリアは声を上げて笑った。
「あははっ」
「リ、リゼリア様……」
「ごめんなさい。でも、ありがとうございます」
そう言うと。
ノアは照れくさそうに微笑んだ。
◇ ◇ ◇
帰宅したリゼリアは、部屋に戻るなり植物図鑑を机の上へ置いた。
何度も表紙を撫でる。
これは。
生まれて初めてもらった贈り物ではない。
過去の人生でも、贈り物はたくさんもらった。
宝石も。
ドレスも。
花束も。
数え切れないほど。
だけど。
こんなに嬉しいと思った贈り物は、初めてだった。
「……ありがとう、ノア様」
その夜。
リゼリアは植物図鑑を抱きしめながら眠りについた。
眠る前に思い浮かんだのは。
恐ろしい笑みを浮かべる、あの人ではない。
眼鏡の奥で優しく笑う、一人の少年だった。




