第七話 こんな恋がしたかった
それから一年が過ぎた。
リゼリアは六歳になり。
ノアは八歳になった。
季節は春。
リゼリアは、いつものようにレイヴェルト公爵家の庭園を歩いていた。
「リゼリア様!」
後ろから、小さな声が聞こえる。
振り返ると。
黒髪に銀縁の眼鏡。
少し息を切らしたノアが、こちらに駆け寄ってきていた。
「ノア様」
「す、すみません……待たせてしまって……」
「いいえ。私も今来たところです」
そう答えると。
ノアは、ほっとしたように笑った。
その笑顔を見て。
リゼリアの胸が、少しだけ温かくなった。
不思議だ。
初めて会った時は、ただ「安全そうな人」だと思っていた。
今は。
会うのが楽しみになっている。
「今日は、お花が綺麗ですね」
ノアが言った。
庭園には、春の花々が咲き誇っていた。
「ええ」
リゼリアは頷く。
「私、この季節が好きです」
「……僕もです」
ノアはそう言って。
少しだけ、リゼリアを見た。
「リゼリア様が、嬉しそうだから」
どくん。
胸が鳴った。
「……え?」
「あっ!」
ノアは慌てた。
「ち、違うんです! その……! お花が好きな人が、お花を見て嬉しそうにしているのを見るのが好きというか……!」
顔が真っ赤だ。
耳まで真っ赤だ。
リゼリアは、思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
「わ、笑わないでください……」
「ごめんなさい」
でも。
おかしかった。
だって。
こんな風に慌てる人を、今まで見たことがなかったから。
過去の彼らは。
いつだって余裕だった。
こちらが何を言っても。
何をしても。
まるで全てを知っているかのように笑っていた。
だけど。
ノアは違う。
本当に。
違う。
「ノア様」
「は、はい」
「私、ノア様といると楽しいです」
言ってから。
リゼリアも、自分の顔が熱くなるのを感じた。
なぜ。
こんなことを言ってしまったのだろう。
けれど。
ノアは。
ぽかんとした顔をしていた。
「……本当に?」
「え?」
「僕といて、楽しいんですか?」
その声は。
どこか信じられないものを聞いたようだった。
「もちろんです」
リゼリアは笑った。
「ノア様は優しいですし、一緒にいて安心します」
しばらく。
ノアは何も言わなかった。
ただ。
眼鏡の奥の瞳を、大きく見開いて。
リゼリアを見つめていた。
「あの……?」
「……よかった」
ぽつり。
本当に小さな声だった。
「嬉しい……」
そう言って。
ノアは、まるで宝物を見つけた子供のように笑った。
その顔を見て。
リゼリアは思った。
ああ。
私は。
こういう恋がしたかったんだ。
誰かを怖がることなく。
誰かから逃げることなく。
ただ。
一緒にいるだけで、嬉しくなれるような。
そんな。
普通の恋を。
春の風が吹いた。
花びらが舞う。
リゼリアは、生まれて初めて。
未来を想像した。
ノアと一緒に笑う未来を。




