第六話 初めての約束
それから。
リゼリアは、月に一度レイヴェルト公爵家を訪れるようになった。
最初の数回は、ぎこちなかった。
「こ、こんにちは……」
「こんにちは、ノア様」
挨拶をして。
お茶を飲んで。
少し話して。
沈黙する。
そんな時間が続いた。
けれど。
三回目の訪問の時。
「リゼリア様は、本を読まれますか?」
珍しく、ノアの方から話しかけてきた。
「絵本なら」
「あ……そ、そうですよね」
ノアは慌てて俯いた。
「ご、ごめんなさい。僕、難しい本ばかり読んでいて……」
「どんな本を読むのですか?」
「歴史書とか……神話とか……」
リゼリアは目を丸くした。
「神話?」
「は、はい」
ノアは少しだけ嬉しそうに頷いた。
「同じ人が、何度も巡り会うお話とか……好きで」
その言葉に。
リゼリアの心臓が、一瞬だけ止まった。
「……そう、なのですね」
「ご、ごめんなさい。変ですよね」
「いえ」
慌てて首を振る。
「素敵だと思います」
本心だった。
だって。
もし。
もし自分が、こんな人生を送っていなかったら。
そんな物語を、ロマンチックだと思ったかもしれない。
ノアは、ほっとしたように笑った。
「よかった」
◇ ◇ ◇
それから。
二人の会話は少しずつ増えていった。
「今日は何を読まれたのですか?」
「こ、これを……」
「まあ、面白そう!」
「リゼリア様は?」
「私はお花の図鑑を読みました」
「……らしいですね」
「え?」
「あ……いえ!」
ノアは真っ赤になった。
「な、なんでもありません!」
リゼリアは、思わず笑った。
面白い人。
本当に。
面白い人だ。
今までの彼らとは違う。
何もかも。
違う。
◇ ◇ ◇
帰り際。
玄関まで見送ってくれたノアが、珍しくそわそわしていた。
「あ、あの……」
「はい?」
「来月も……」
眼鏡の奥の瞳が、不安そうに揺れる。
「来てくださいますか?」
その顔は。
まるで捨てられる子犬のようだった。
リゼリアは、ふふっと笑った。
「もちろんです」
ノアは、ぱっと顔を明るくした。
「……よかった」
その笑顔は。
とても綺麗だった。
リゼリアは、一瞬だけ目を奪われた。
……あれ?
この人。
こんなに綺麗な顔をしていたかしら。
だが。
次の瞬間には。
また、いつもの気弱なノアに戻っていた。
「き、気を付けて帰ってくださいね」
「はい」
リゼリアは馬車に乗り込んだ。
窓から見えるノアは。
馬車が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。
その姿を見ながら。
リゼリアは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
もしかしたら。
本当に。
本当に今度こそ。
幸せになれるのかもしれない。
そんなことを。
初めて、思った。




