第五話 二人きりのお茶会
「それでは、少しお二人でお話ししてみてはいかがかしら?」
レイヴェルト公爵夫人が、にこやかに言った。
リゼリアは固まった。
「え」
ノアも固まった。
「ぼ、僕が……ですか?」
エヴァンローズ公爵夫人が笑う。
「ええ。せっかく同年代なのですから」
「で、ですが……」
「リゼリアも嫌ではないでしょう?」
「い、嫌ではありません!」
むしろ。
むしろありがたい。
親がいる前では分からないこともある。
二人きりになれば、彼が本当に安全な人か見極められるかもしれない。
ノアは困ったように視線を彷徨わせた。
「ぼ、僕なんかとお話ししても、つまらないと思いますが……」
……なんて控えめな人なのだろう。
リゼリアは少しだけ安心した。
今までの彼らなら。
いや。
思い出すのはやめよう。
「ぜひ、お話ししたいです」
そう言うと。
ノアは少しだけ目を丸くした。
「……本当に?」
「はい」
その返事に、彼は照れたように笑った。
「……ありがとう、ございます」
◇ ◇ ◇
案内されたのは、庭園に面した小さなテラスだった。
初夏の風が、花の香りを運んでくる。
向かい合って座る。
沈黙。
気まずい。
とても気まずい。
リゼリアは思った。
こんな沈黙、今まで経験したことがない。
過去の彼らは。
会話を止めなかった。
こちらが黙っていても。
こちらが逃げても。
追いかけてきた。
けれど。
目の前の少年は。
ただ、困っていた。
「あ、あの……」
ノアが口を開く。
「お、お茶……美味しいですね」
「はい」
「……」
「……」
また沈黙。
リゼリアは。
なぜか。
少しだけ笑ってしまった。
「ふふっ」
「え……?」
ノアが目を瞬かせる。
「ごめんなさい。なんだか安心してしまって」
「安心……ですか?」
「はい」
言ってから。
しまった、と思った。
意味が分からない。
だが。
ノアは首を傾げただけだった。
「……僕も」
「え?」
「安心、しました」
彼は、恥ずかしそうに俯いた。
「リゼリア様は……優しそうな方で」
どくん。
胸が鳴った。
……変な意味ではない。
そう。
これは。
ただ。
普通の会話だ。
普通の男の子との。
普通の時間。
それだけ。
「私もです」
気づけば、そう答えていた。
「ノア様は、とても優しそうです」
「ぼ、僕は優しくなんか……」
「いいえ」
リゼリアは笑った。
「優しいです」
ノアは、しばらく黙っていた。
そして。
小さく。
本当に小さく。
「……嬉しい」
と呟いた。
その声は。
どこか。
泣きそうに聞こえた。
◇ ◇ ◇
帰りの馬車の中。
リゼリアは窓の外を見つめていた。
「どうだった?」
母が尋ねる。
リゼリアは、少し考えた。
そして。
「……良い方でした」
そう。
良い人だった。
怖くなかった。
逃げたくならなかった。
あの人たちとは。
全然違った。
「また会いたい?」
「……はい」
その返事は。
驚くほど自然に出た。
母は嬉しそうに微笑んだ。
リゼリアは、そっと目を閉じる。
もしかしたら。
本当に。
今度こそ。
普通の恋ができるのかもしれない。
その夜。
生まれて初めて。
リゼリアは、誰かを思い出して怯えることなく眠りについた。




