第七十九話 父の決断
エヴァンローズ公爵は、手の中の紙をじっと見つめていた。
「……リゼリアを返せ、か。」
隣にいた夫人が不安そうに尋ねる。
「あなた……リゼリアは無事なの?」
「ノア殿と一緒にいる。そこは大丈夫だ。」
公爵は紙を折りたたんだ。
「問題は、誰がこんなものを寄越したかだ。」
その時。
使用人が慌てて駆け込んできた。
「公爵様!」
「今度は何だ。」
「裏門の近くで、これを見つけました。」
差し出されたのは、小さな銀色の飾りだった。
公爵はそれを見た瞬間、表情を変えた。
「……これは。」
「ご存じなのですか?」
「昔、エヴァンローズ家で使っていたものだ。」
夫人が驚く。
「では、犯人は……。」
「分からん。」
公爵は首を振った。
「だが、我が家のことを知っている人間なのは間違いない。」
◇ ◇ ◇
翌朝。
レイヴェルト公爵家。
リゼリアは朝食の席で、昨夜の手紙についてノアから聞いていた。
「お父様のところにも、脅迫状が届いたのね。」
「ああ。」
「私を狙っているだけじゃない……。」
ノアが頷く。
「だから、今日エヴァンローズ公爵家へ行こうと思う。」
「私も行く。」
「もちろん、そのつもりだ。」
ノアはリゼリアを見る。
「ただし、騎士も同行させる。」
「分かった。」
以前なら、ノアは一方的に決めていただろう。
けれど今は違う。
ちゃんとリゼリアの意思を聞いてくれる。
それが少し嬉しかった。
そこへレオンが入ってきた。
「二人とも、準備はできたか?」
「ああ。」
「なら、馬車を用意させる。」
レオンは二人を見て、少しだけ笑った。
「今回ばかりは、俺も同行する。」
「兄上が?」
「エヴァンローズ公爵家にも話を聞く必要があるからな。」
ノアが頷く。
「助かる。」
リゼリアも微笑んだ。
「ありがとうございます、レオン様。」
「気にしなくていい。」
こうして三人は、エヴァンローズ公爵家へ向かうことになった。
しかし。
その馬車を遠くから見つめる人物がいた。
「……動いたか。」
男は小さく呟く。
手には一枚の紙。
そこには――。
『エヴァンローズ公爵家へ向かう』
と書かれていた。
男は紙を燃やす。
「これで、次の手が使える。」
灰になった紙が、風にさらわれていった。




