第七十六話 囮
作戦は、すぐに決まった。
リゼリアが一人になったように見せる。
犯人が姿を現したところを、ノアたちが捕らえる。
もちろん、本当に一人になるわけではない。
近くにはノアとレオン、そして騎士たちが待機している。
「本当にやるのか?」
準備を終えたノアが尋ねる。
「うん。」
リゼリアは頷いた。
「私を狙っている理由を知りたいもの。」
「……分かった。」
ノアはそれ以上止めなかった。
それが、リゼリア自身の選択だから。
しばらくして。
リゼリアは一人で廊下を歩いていた。
ミアが伝えた時間。
周囲には誰もいない。
静かな廊下に、リゼリアの足音だけが響く。
コツ、コツ。
その時。
カタン。
背後で扉が閉まった。
「……!」
リゼリアが振り返る。
廊下の先に、一人の男が立っていた。
黒い服。
顔は布で隠されている。
「リゼリア・エヴァンローズ。」
実家の名を呼ばれ、リゼリアの表情が強張った。
「……あなたは誰?」
「来てもらう。」
男が一歩近づく。
「どこへ?」
「それは、これから決める。」
男が短剣を取り出した。
リゼリアは一歩下がる。
その瞬間。
「そこまでだ。」
低い声が響いた。
男が振り返る。
廊下の奥から、ノアが姿を現した。
その後ろにはレオンと騎士たち。
「ノア……!」
「もう逃げられないぞ。」
ノアが剣を構える。
男は舌打ちした。
「罠か。」
「ああ。」
ノアはリゼリアの前に立つ。
「リゼリアに手を出すなら、俺を通してもらう。」
「……レイヴェルト家の次男風情が。」
男が吐き捨てる。
ノアの目が鋭くなる。
「俺の家柄は関係ない。」
「彼女は俺の妻だ。」
その言葉に、リゼリアの胸が小さく熱くなる。
男が短剣を構えた。
「なら、力ずくで連れていく!」
男が駆け出す。
ガキィン!
ノアの剣が短剣を受け止めた。
男は素早く後ろへ跳ぶ。
だが、逃げ道にはレオンが立っていた。
「そこまでだ。」
レオンが剣を構える。
男は周囲を見回す。
逃げ場はない。
やがて。
短剣を床へ落とした。
「……俺一人を捕まえても、何も変わらない。」
ノアが睨みつける。
「どういう意味だ?」
「お前たちは何も知らない。」
「何を知っている?」
男はリゼリアを見る。
「なぜ、エヴァンローズ公爵家の令嬢だったお前が狙われているのか。」
リゼリアの顔から血の気が引いた。
「……私の実家が?」
「それ以上は話さない。」
男は笑う。
「知りたければ、俺を生かしておけ。」
騎士たちが男を拘束する。
「連れていけ。」
レオンが指示する。
男が連れていかれていく。
リゼリアはようやく息を吐いた。
「……終わった?」
ノアは首を横に振る。
「いや。」
そして、リゼリアの手を取る。
「これから、エヴァンローズ公爵家について調べる必要がある。」
「……うん。」
リゼリアは頷いた。
自分の知らないところで。
実家に何かが起きている。
その可能性が、急に現実味を帯びてきた。
ノアは握った手に、そっと力を込める。
「一人で抱えるな。」
「俺も一緒に調べる。」
「……ありがとう。」
二人は並んで歩き出した。
今度こそ。
この事件の真相を知るために。




