第七十五話 裏切り
翌朝。
リゼリアが目を覚ますと、いつものように侍女が部屋へ入ってきた。
「おはようございます、リゼリア様。」
「おはよう、ミア。」
ミアは笑顔で頭を下げる。
けれど。
その手は、ほんの少し震えていた。
「今日はお庭へ行かれますか?」
「ううん。今日は部屋にいるわ。」
「そうですか。」
ミアは安心したように息を吐いた。
その様子を、リゼリアは不思議そうに見つめる。
「……どうかした?」
「い、いえ。」
ミアは慌てて首を振った。
「何でもありません。」
その時。
コンコン。
扉が叩かれた。
「リゼ。」
ノアの声だった。
「入っていいか?」
「うん。」
扉が開く。
ノアは部屋に入ると、まずリゼリアを見る。
「体調は?」
「大丈夫。」
「よかった。」
その後ろにはレオンもいた。
「レオン様まで?」
「ああ。少し話がある。」
レオンが答える。
「昨夜、屋敷の出入りを調べた。」
ミアの顔が僅かに強張った。
ノアはそれを見逃さなかった。
「……ミア。」
「は、はい。」
「少し聞きたいことがある。」
ミアの顔が青ざめる。
「昨日の午後。」
「庭園へ向かう前に、誰かと話していなかったか?」
「……。」
答えがない。
「ミア?」
「……申し訳ありません。」
突然、ミアがその場に膝をついた。
「私です。」
リゼリアが息を呑む。
「私が、予定を伝えました。」
「誰に?」
ノアの声が低くなる。
「……分かりません。」
「名前は?」
「知りません。」
ミアは震えながら首を振った。
「手紙が届いたんです。」
「家族を人質にしていると……。」
ノアの表情が険しくなる。
「それで、リゼリアの予定を?」
「はい……。」
ミアは涙を流しながら頷く。
「でも、殺すつもりだとは知りませんでした。」
「ただ、予定を教えれば家族を返すと言われて……。」
リゼリアはミアを見つめる。
怒りよりも、恐怖が先に来た。
「……あなたの家族は?」
「今も、どこにいるのか分かりません。」
ミアは俯いた。
レオンが静かに口を開く。
「なら、まだ間に合うかもしれない。」
「え……?」
「手紙は持っているか?」
「はい。」
ミアが懐から一枚の紙を取り出す。
レオンが受け取る。
そこには、短い一文だけが書かれていた。
『次は、朝。リゼリアが一人になった時に。』
ノアの目が鋭くなる。
「……今日のことか。」
ミアが頷く。
「今朝、もう一度指示が来ました。」
「リゼリア様を、一人にするようにと……。」
ノアはリゼリアを見る。
そして、ゆっくり息を吐いた。
「そういうことか。」
「犯人は、ミアを使ってリゼリアを一人にしようとしていた。」
レオンも頷く。
「なら、逆に利用できる。」
ノアが顔を上げた。
「犯人をおびき出せるかもしれない。」
リゼリアは不安そうにノアを見る。
「危険じゃない?」
「ああ。」
ノアは正直に答えた。
「だから、君には選んでほしい。」
「やるか、やらないか。」
リゼリアは少しだけ考える。
そして。
「……やる。」
ノアは驚いたように目を見開いた。
「私を狙っている理由を、ちゃんと知りたい。」
ノアはしばらく黙っていた。
やがて。
「分かった。」
静かに頷く。
「なら、俺が絶対に守る。」
今度は、閉じ込めるためではない。
リゼリア自身が選んだ戦いを、隣で支えるために。




