第六十八話 間違えた愛し方
屋敷へ戻ると、使用人たちが慌ただしく出迎えた。
「ノア様! リゼリア様!」
「お怪我はございませんか!」
「私は大丈夫です。」
リゼリアが答えると、使用人たちは安堵したように胸を撫で下ろした。
しかし。
ノアは一言も発しない。
ただ、リゼリアの隣を離れようとしなかった。
◇ ◇ ◇
部屋へ戻る。
扉が閉まると、ようやく静寂が訪れた。
リゼリアはソファへ腰を下ろす。
ノアは少し離れた場所へ立ったまま動かない。
「ノア。」
名前を呼ぶ。
それでも返事はない。
「こっちへ来て。」
ゆっくりと顔を上げたノアは、迷うように数歩近付いた。
「隣に座って。」
その言葉に従い、静かに腰を下ろす。
二人の間には、わずかな距離があった。
「さっきの話。」
リゼリアが口を開く。
「続きを聞かせて。」
ノアは苦しそうに目を伏せた。
「聞いても、君はきっと呆れる。」
「それでも聞きたい。」
しばらく沈黙が続く。
やがてノアは、小さく息を吐いた。
「前世の君が亡くなってから。」
「俺は毎日、自分を責めた。」
「どうして守れなかったのか。」
「どうして、あの日だけ目を離したのか。」
リゼリアは静かに耳を傾ける。
「考えて、考えて。」
「最後に出した答えが……。」
ノアは拳を握り締める。
「誰にも会わせなければいい。」
「外へ出さなければいい。」
「俺の目の届く場所だけで生きてもらえば、君は死なない。」
部屋に重い沈黙が落ちる。
「……愚かだった。」
ノアは苦笑した。
「守ることと、閉じ込めることは違う。」
「そんな簡単なことにも気付けなかった。」
「君が笑わなくなっても。」
「泣いていても。」
「嫌われても。」
「生きていてくれれば、それでいいと思っていた。」
リゼリアは胸が痛んだ。
あの頃のノアは、愛していなかったわけではない。
愛し方を、完全に間違えてしまっていたのだ。
「でも。」
ノアはゆっくりとリゼリアを見る。
「今世で君に拒まれて。」
「逃げられて。」
「何度も突き放されて。」
「ようやく気付いた。」
その瞳は真っ直ぐだった。
「君から自由を奪えば。」
「また同じ結末になるって。」
リゼリアは静かに問い掛ける。
「だから……追い掛けるだけだったの?」
「ああ。」
「本当は、抱き締めたかった。」
「鍵を掛けてしまいたいと思った夜もあった。」
ノアは自嘲気味に笑う。
「でも、それをした瞬間。」
「俺はまた前世の俺になる。」
「だから必死で耐えた。」
リゼリアは驚いた。
ノアもまた、前世の自分と戦っていたのだ。
「リゼ。」
ノアは静かに頭を下げる。
「君を傷付けたことは、一生許されない。」
「それでも。」
「もう一度だけ信じてもらえるように。」
「これから先の人生を懸けて償わせてほしい。」
リゼリアは何も答えなかった。
ただ、俯いたまま静かに考えていた。
ノアの言葉を。
前世の苦しみを。
そして、自分自身の気持ちを。
その答えは、まだ出せなかった。




