第六十六話 凶刃
夜風が静かに吹き抜ける。
会場の音楽が遠くから微かに聞こえてきた。
エミリアは立ち止まると、ゆっくり振り返る。
「リゼリア様。」
「先ほどは、本当に申し訳ありませんでした。」
そう言って深く頭を下げる。
その姿に、リゼリアは少し驚いた。
「頭を上げてください。」
「私も気にしていませんから。」
エミリアはほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます。」
「実は私……。」
そこまで言いかけた、その時だった。
ヒュッ――。
風を切る音。
「え……?」
エミリアの表情が凍りつく。
リゼリアも反射的に振り返る。
暗闇の中から、黒い影が飛び出してきた。
手には鋭い短剣。
狙いは一直線に――リゼリア。
「危ないっ!」
叫んだのはエミリアだった。
リゼリアの身体を思い切り突き飛ばす。
「きゃっ!」
勢いよく床へ倒れ込む。
次の瞬間。
ガキィン!
金属同士が激しくぶつかる音が夜に響いた。
「なっ……!」
黒衣の男の短剣が弾かれる。
男の前には、一人の青年が立っていた。
レオンだった。
いつの間にか剣を抜き、刃を受け止めていたのである。
「何者だ!」
レオンが鋭く叫ぶ。
男は答えない。
舌打ちすると、そのまま踵を返して走り出した。
「待て!」
レオンも追おうとした。
しかし。
「リゼリア嬢……!」
倒れているリゼリアが視界に入り、足を止める。
一瞬の迷い。
その隙に男は闇へと消えた。
「大丈夫ですか!」
レオンが駆け寄る。
「私は……。」
リゼリアは身体を起こそうとした。
その時。
「リゼ!」
聞き慣れた声が響く。
ノアだった。
息を切らし、血相を変えて駆け寄ってくる。
「怪我は!」
膝をつき、リゼリアの肩へ手を添える。
震える指。
蒼白な顔。
リゼリアはそんなノアを見て、小さく首を振った。
「私は大丈夫。」
「エミリア様が助けてくださったの。」
ノアはすぐにエミリアへ視線を向ける。
「……ありがとうございます。」
短く、それでも心からの礼を口にした。
エミリアは青ざめたまま首を振る。
「私は何も……。」
「レオン様がいらっしゃらなければ……。」
レオンは剣を鞘へ戻し、険しい表情で闇を見つめていた。
「逃げられた。」
「最初から殺すことだけが目的だったようだ。」
その一言で、その場の空気が凍りつく。
ただの嫌がらせではない。
リゼリアは、本当に命を狙われたのだ。
ノアは何も言わなかった。
ただ、リゼリアを強く抱き寄せる。
まるで、もう二度と離さないと誓うように。
その腕は、小刻みに震えていた。




