第六十五話 狙われた背中
ノアに見つめられた令嬢たちは、気まずそうに顔を見合わせた。
「……申し訳ありません。」
エミリアが小さく頭を下げる。
「少し言い過ぎましたわ。」
「失礼いたしました。」
三人はそのまま足早に立ち去っていく。
リゼリアはその背中を見送り、小さく息を吐いた。
「大丈夫か。」
ノアが静かに尋ねる。
「うん。」
リゼリアは微笑もうとした。
「少し驚いただけ。」
その笑顔を見て、ノアは納得していないようだった。
「無理をするな。」
「本当に平気よ。」
リゼリアはそっとノアの腕に触れる。
「来てくれてありがとう。」
その一言だけで、ノアの表情が少し和らいだ。
「礼を言われることじゃない。」
「君を守るのは、夫として当然だ。」
その時。
「ノア様。」
離れた場所から声が掛かった。
王宮の文官が慌ただしく駆け寄ってくる。
「陛下がお呼びです。」
ノアはわずかに眉をひそめた。
「今か。」
「はい。急ぎとのことです。」
ノアはリゼリアを見る。
「すぐ戻る。」
「でも……。」
「五分も掛からない。」
そう言うと、近くにいたレオンへ視線を向けた。
「兄上。」
「ああ。」
レオンは頷く。
「私がここにいる。」
それを聞いて、ノアはようやくリゼリアの手を離した。
「待っていてくれ。」
「うん。」
ノアは最後にもう一度だけリゼリアを見つめると、文官とともに歩いていった。
◇ ◇ ◇
「少し庭園の風に当たりませんか?」
レオンが穏やかに尋ねる。
「会場は少し暑いでしょう。」
「そうですね。」
二人は人の少ないバルコニーへ向かった。
夜風が頬を優しく撫でる。
「少し楽になりました。」
リゼリアが笑うと、レオンも安心したように微笑んだ。
「ノアは心配性ですから。」
「きっと戻ってきたら、真っ先にここへ来ますよ。」
その時だった。
カツン。
背後で、小さな靴音が響く。
振り返ると、先ほどのエミリアが一人で立っていた。
「リゼリア様。」
「先ほどは申し訳ありませんでした。」
「少し、お話しできませんか?」
レオンが一歩前へ出る。
「ここで聞こう。」
しかしエミリアは首を横に振った。
「女性同士のお話ですの。」
「ほんの少しだけ、お時間をいただけませんか。」
リゼリアは迷った。
先ほどのことを謝りに来たのかもしれない。
「大丈夫です。」
そう言ってレオンを見る。
「すぐ戻ります。」
レオンは少し考えた末、静かに頷いた。
「何かあれば、すぐ呼んでください。」
「はい。」
リゼリアはエミリアの後を追って歩き出した。
だが。
そのさらに奥。
暗がりの柱の陰では、一人の黒い外套の男が静かに息を潜めていた。
男の視線は、エミリアではない。
まっすぐに、リゼリアだけを捉えている。
その手には、月明かりを鈍く反射する一本の短剣が握られていた。




