第六十四話 嫉妬の視線
夜会は賑わいを見せていた。
音楽に合わせて踊る者。
談笑を楽しむ者。
笑い声が絶えない華やかな空間だった。
「少し飲み物を取ってくる。」
ノアがリゼリアへ声を掛ける。
「ここで待っていてくれ。」
「うん。」
リゼリアは微笑み、小さく頷いた。
ノアが離れていく。
ほんの少し、一人になった時だった。
「リゼリア様、ですよね?」
後ろから女性の声がした。
振り返ると、三人の令嬢が立っていた。
どの令嬢も上質なドレスを身にまとい、上品な笑みを浮かべている。
「初めまして。」
リゼリアは丁寧に一礼した。
「リゼリアです。」
「初めまして。」
中央に立つ令嬢が優雅に微笑む。
「私、エミリアと申します。」
「今日はぜひ、ご挨拶したいと思っておりましたの。」
「ありがとうございます。」
穏やかに会話が始まる。
ドレスの話。
庭園の花の話。
最初は、ごく普通の会話だった。
けれど。
「……羨ましいですわ。」
エミリアがふと呟く。
「え?」
「ノア様。」
「夜会が始まってから、一度もあなたから目を離していらっしゃらないでしょう?」
リゼリアは思わずノアの方を見る。
少し離れた場所で貴族と話している。
それでも、時折こちらへ視線を向けていた。
「本当に仲がおよろしいのですね。」
もう一人の令嬢が微笑む。
その笑顔は柔らかい。
けれど、どこか棘があった。
「昔は、あんな方ではありませんでしたのに。」
「え?」
「どなたにも興味を示されませんでしたもの。」
「令嬢方からお声が掛かっても、いつも素っ気なくて。」
三人は顔を見合わせ、小さく笑う。
「それが今では。」
「リゼリア様だけを見ていらっしゃる。」
「少し妬けてしまいますわ。」
その言葉に悪意は感じない。
けれど。
リゼリアはどこか居心地の悪さを覚えた。
「きっと、ノア様はリゼリア様をとても大切に思っていらっしゃるのですね。」
そう言われても、何と答えればいいのか分からない。
「……はい。」
小さく頷くと。
「本当に?」
エミリアが静かに笑った。
「それは、愛されているからですの?」
空気が変わる。
リゼリアは思わず表情を強張らせた。
「それとも。」
「逃げられないようにしているだけではありませんの?」
胸がどくりと鳴る。
その一言は、前世の記憶を鋭く抉った。
「エミリア。」
隣の令嬢が小声でたしなめる。
「言い過ぎですわ。」
「ごめんなさい。」
エミリアは口元に手を当てた。
「でも、不思議だったものですから。」
「昔のノア様を知っている者からすると……。」
その時だった。
「何の話をしている。」
低く静かな声が響いた。
リゼリアの隣に、ノアが立っていた。
穏やかな表情のまま。
けれど、その瞳から笑みは消えていた。
令嬢たちの表情が一瞬で強張る。
ノアはリゼリアを一瞥する。
「大丈夫か?」
その一言だけだった。
リゼリアは小さく頷く。
「……うん。」
ノアは安心したように息を吐くと、再び令嬢たちへ視線を向けた。
「妻が何か失礼をしたなら、私が謝ろう。」
「だが。」
「そうでないのなら、これ以上困らせないでいただきたい。」
穏やかな口調だった。
だからこそ、令嬢たちは何も言い返せなかった。
夜会の空気が、少しだけ張り詰める。
そしてその様子を、少し離れた柱の陰から見つめる一つの人影があった。




