第六十三話 兄の眼差し
「ノア。」
穏やかな声が聞こえ、ノアが振り返る。
「兄上。」
そこには、一人の青年が立っていた。
落ち着いた紺色の礼服を身にまとい、柔らかな笑みを浮かべている。
アルディス公爵家の長男、レオン・アルディス。
ノアの兄だった。
「久しぶりだな。」
「兄上もお変わりないようで。」
二人は軽く握手を交わす。
レオンはその後、リゼリアへ向き直った。
「改めまして。」
「レオン・アルディスです。」
「ノアの兄になります。」
リゼリアも丁寧に一礼する。
「リゼリアです。」
「お会いできて光栄です。」
「こちらこそ。」
レオンは穏やかに微笑んだ。
「結婚式ではご挨拶しかできませんでしたから。」
「こうしてゆっくりお話しできて嬉しいです。」
「私もです。」
リゼリアは自然に笑みを返した。
「ノアからは、何か聞いていますか?」
何気なく尋ねると、レオンは一瞬だけノアを見る。
ノアは嫌な予感がしたのか、小さく咳払いをした。
「兄上。」
「変なことは言わないでください。」
「安心しろ。」
レオンはくすりと笑う。
「弟は口数が少ないからな。」
「『大切な人なんだ』としか聞いていない。」
リゼリアは少し驚いてノアを見る。
ノアは照れたように視線を逸らした。
「……それだけで十分でしょう。」
「十分すぎるくらいだ。」
レオンは笑う。
「昔のお前なら、家族にそんな話をすることすらなかった。」
「兄上。」
「褒めているんだ。」
ノアは困ったようにため息をついた。
その様子がおかしくて、リゼリアは思わず笑ってしまう。
「ふふ。」
「笑われたな。」
「だって。」
「兄弟なんだなって思って。」
レオンも優しく笑みを浮かべた。
「ええ。」
「昔からこんな調子ですよ。」
「ノアは真面目で不器用なんです。」
「だから、つい世話を焼きたくなる。」
ノアは肩をすくめる。
「子どもの頃の話でしょう。」
「今もだ。」
即答され、リゼリアはまた笑った。
そんな二人を見ながら、レオンは穏やかな表情でリゼリアへ視線を向ける。
「リゼリアさん。」
「はい。」
「弟をよろしくお願いします。」
「不器用ですが、誰よりも一途な男ですから。」
リゼリアはノアを見上げる。
照れくさそうにしているノアと目が合い、小さく笑みを浮かべた。
「はい。」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
その返事を聞き、レオンは満足そうに頷く。
「では、私は父上たちのところへ行ってきます。」
「またゆっくり話しましょう。」
「はい。」
レオンが去っていく。
その背中を見送りながら、リゼリアはぽつりと呟いた。
「優しいお兄様ね。」
「ああ。」
ノアは微笑む。
「昔から、兄上には助けられてばかりなんだ。」
その表情は、リゼリアが初めて見る、弟らしい穏やかな笑顔だった。




