第六十一話 ノアの妻として
夜会が始まってしばらく。
リゼリアはノアと並び、訪れる貴族たちへ挨拶をしていた。
「ノア様、ご結婚おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
ノアは穏やかに応じる。
「こちらは妻のリゼリアです。」
リゼリアも一礼した。
「初めまして。リゼリアと申します。」
「お会いできて光栄です。」
年配の伯爵夫妻がにこやかに微笑む。
「ノア様のお話はよく伺っております。」
「こんなに素敵な奥様を迎えられたとは。」
リゼリアは少し照れながら答えた。
「ありがとうございます。」
「まだ分からないことも多いので、ご指導いただけると嬉しいです。」
その謙虚な受け答えに、伯爵夫人は嬉しそうに頷いた。
「ええ、ぜひ今度お茶をご一緒しましょう。」
「はい。楽しみにしております。」
穏やかに会話が終わる。
伯爵夫妻が去ると、リゼリアは小さく息を吐いた。
「緊張した?」
ノアが小声で尋ねる。
「少しだけ。」
「でも、ちゃんと話せたわ。」
ノアは優しく笑った。
「ああ。」
「すごく自然だった。」
「……本当に?」
「本当だ。」
リゼリアは少し考えてから、不思議そうに首を傾げる。
「さっき。」
「どうして助けてくれなかったの?」
ノアはきょとんとした。
「助ける必要があると思わなかった。」
「え?」
「君はちゃんと自分の言葉で話せていた。」
「だから見守っていた。」
その答えに、リゼリアは目を瞬かせる。
前世なら。
ノアが会話を終わらせていた。
誰と話すかも。
どれくらい話すかも。
すべてノアが決めていた。
でも今は違う。
自分で話し、自分で笑っている。
「……ありがとう。」
思わずそう口にすると、ノアは少し照れたように笑った。
「礼を言われることじゃない。」
「君なら大丈夫だと思っただけだ。」
その時、会場に音楽が流れ始めた。
中央では、何組もの夫婦が踊り始める。
リゼリアはその光景を眺め、小さく息を吐いた。
前世でも、何度も踊った。
けれどあの頃は、心から楽しめたことは一度もない。
「リゼ。」
ノアが静かに右手を差し出す。
「一曲、踊ってくれるか?」
リゼリアはその手を見つめた。
胸が少しだけ高鳴る。
怖さは、まだ消えていない。
それでも。
今のノアとなら。
「……よろしくお願いします。」
そっと手を重ねる。
ノアは嬉しそうに微笑み、その手を優しく取った。
「ありがとう。」
二人はゆっくりと舞踏会の輪の中へ歩き出す。
今度は誰かに強いられるためではない。
自分の意志で、ノアの隣に立つために。




