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何度転生しても逃げられない  作者: S@Y@


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第六十話 夜会の始まり


 夜会当日。


 公爵家の屋敷は、朝から慌ただしかった。


「奥様、お支度のお時間です」


 侍女に案内され、リゼリアは鏡の前へ座る。


 丁寧に髪が結い上げられ、淡い青のドレスへ着替える。


 最後に、白い花の髪飾りがそっと飾られた。


「とてもお似合いです」


 侍女が嬉しそうに微笑む。


 リゼリアは鏡の中の自分を見つめ、小さく息を吐いた。


(大丈夫。)


(逃げないって決めたもの。)


 コンコン。


「リゼ。」


 聞き慣れた声がした。


「入って。」


 扉が開き、正装姿のノアが部屋へ入ってくる。


 深い紺色の礼服に身を包み、いつもより大人びた雰囲気をまとっていた。


「……どう?」


 少し照れながら尋ねると、ノアは言葉を失う。


「ノア?」


 しばらくして、ようやく口を開く。


「綺麗だ。」


 その一言だけだった。


 けれど、その瞳がすべてを物語っていた。


 リゼリアは思わず笑う。


「また、それ?」


「他に言葉が見つからない。」


 ノアは苦笑した。


「本当に綺麗だから。」


 リゼリアは照れ隠しに視線を逸らす。


「ノアも似合ってる。」


「ありがとう。」


 その一言だけで、ノアは少し嬉しそうに笑った。


「そろそろ行こうか。」


「うん。」


 ノアが腕を差し出す。


 リゼリアはその腕を見つめる。


 前世なら。


 拒むことなんて許されなかった。


 でも今は違う。


 選ぶのは自分。


 リゼリアはゆっくりとノアの腕へ手を添えた。


「行きましょう。」


「ああ。」


 ◇ ◇ ◇


 王宮の大広間。


 豪華なシャンデリアが輝き、色鮮やかなドレスと礼服に身を包んだ貴族たちが談笑していた。


「公爵家のご夫妻がお見えです。」


 案内役の声が響く。


 一斉に視線が集まった。


 リゼリアの肩がわずかに強張る。


 その変化に気付いたノアが、小さな声で囁いた。


「大丈夫。」


 リゼリアは小さく頷く。


 二人はゆっくりと会場へ足を踏み入れた。


「ノア様、お久しぶりです。」


「ご結婚おめでとうございます。」


 次々と声を掛けられる。


 ノアは穏やかに応じながらも、リゼリアを一人にはしなかった。


 けれど。


 前世とは違う。


 腕を強く掴むことも。


 誰かとの会話を遮ることもない。


 ただ、リゼリアが困っていないかを気に掛けているだけだった。


「リゼリア様。」


 年配の伯爵夫人が微笑み掛ける。


「お会いできて光栄です。」


 リゼリアは緊張しながらも笑顔を返す。


「ありがとうございます。」


 少しだけ会話を交わす。


 それだけで終わった。


 ノアは口を挟まない。


 ただ静かに隣に立っている。


(……違う。)


 リゼリアは気付く。


 前世のノアなら。


 こんな風に見守ってはくれなかった。


 誰かが自分へ近付くだけで、不機嫌になっていた。


 けれど今は。


 自分を信じてくれている。


「リゼ。」


 ノアが小さく声を掛ける。


「疲れてないか?」


「大丈夫。」


 そう答えた時だった。


「まあ。」


 聞き覚えのある女性の声がした。


「本当に仲がよろしいのですね。」


 振り返ると、数人の貴婦人たちが微笑みながらこちらを見ていた。


 リゼリアは少し恥ずかしそうに頬を染める。


 ノアは苦笑しながら頭を下げた。


「まだ新婚ですから。」


 その何気ない一言に、会場は和やかな笑いに包まれる。


 リゼリアもつられて笑った。


 その笑顔を見たノアは、小さく安堵の息を吐く。


 今夜はまだ始まったばかり。


 けれど、リゼリアは確かに感じていた。


 ――前世とは違う夜が、ここから始まるのだと。

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