第五十九話 新しいドレス
夜会まで、あと三日。
朝から公爵家には仕立て屋が訪れていた。
「奥様、本日はリゼリア様のお召し物の最終確認に参りました」
案内された部屋には、いくつもの美しいドレスが並べられている。
「こんなに……」
リゼリアは思わず目を丸くした。
「好きなものを選んでいい」
隣にいたノアが自然に言う。
「でも、公爵家の夜会なら決まりがあるんじゃ……」
「一番大切なのは、君が気に入ることだ」
迷いのない言葉。
リゼリアは苦笑する。
「ノアはいつもそれね」
「何か問題が?」
「……ないけど」
仕立て屋が微笑む。
「旦那様は本当に奥様を大切になさっていますね」
その言葉に、リゼリアは少しだけ複雑な気持ちになる。
前世も。
ノアは自分を大切にしていた。
ただ、その方法が間違っていた。
守ることと、縛ること。
その違いを、あの頃のノアは知らなかった。
「こちらはいかがでしょう?」
差し出されたのは、淡い青色のドレスだった。
湖の色を思わせるような、優しい色。
リゼリアは自然と目を奪われる。
「綺麗……」
「試着してみては?」
◇ ◇ ◇
しばらくして。
鏡の前に立ったリゼリアは、自分の姿を見つめていた。
淡い青のドレス。
髪には白い花の髪飾り。
別邸でノアが選んでくれたものだった。
「……似合っている」
後ろから声がする。
振り返ると、ノアが立っていた。
いつもの余裕のある表情ではない。
少し驚いたように、見つめている。
「そんなに?」
リゼリアが尋ねると、ノアは我に返った。
「ああ」
「……綺麗だ」
真っ直ぐな言葉に、リゼリアの頬が熱くなる。
「またそういうことを……」
「本当のことだ」
ノアは近付く。
けれど。
以前のように勝手に触れたりはしない。
少し距離を置いたまま、静かに尋ねる。
「髪飾りを付けてもいいか?」
一瞬。
リゼリアは驚いた。
前なら、聞かれなかった。
当たり前のように触れられていた。
でも今は。
自分に選ばせてくれる。
「……お願い」
リゼリアが答えると、ノアは嬉しそうに微笑んだ。
そっと髪へ手を伸ばす。
丁寧に。
壊れ物を扱うように。
「できた」
鏡を見る。
白い花が、淡い青のドレスによく合っていた。
「ありがとう」
「こちらこそ」
「え?」
ノアは小さく笑う。
「触れる許可をくれて」
リゼリアは言葉を失う。
そんな小さなことを。
ノアにとっては、そんなにも大切なことなのだ。
「……変わったわね」
ぽつりと呟く。
ノアは少し寂しそうに笑った。
「変わらなければならなかった」
「君を失って、初めて分かった」
リゼリアはその言葉を聞いて、胸が締め付けられる。
「ノア」
「ん?」
「夜会の日」
少しだけ迷う。
そして。
「隣にいて」
そう言った。
ノアは目を見開く。
それから。
今までで一番優しい笑顔を浮かべた。
「ああ」
「もちろんだ」
その返事を聞いた瞬間。
リゼリアは少しだけ安心した。
過去の夜会とは違う。
今度は。
一人で耐える夜じゃない。




