第五十六話 帰る場所
翌朝。
別邸の前には馬車が用意されていた。
使用人たちが見送りのため整列している。
「お世話になりました」
リゼリアが頭を下げると、使用人たちは嬉しそうに笑った。
「またお越しくださいませ」
その言葉に、リゼリアも自然と微笑む。
ほんの数日前までは、この別邸を早く出たいと思っていた。
それなのに。
帰るとなると少しだけ寂しい。
「行こうか」
ノアが隣へ並ぶ。
「うん」
二人は馬車へ乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
馬車はゆっくりと王都への道を走る。
窓の外には、見慣れた森が流れていく。
リゼリアは景色を眺めながら、小さく息をついた。
「疲れたか?」
ノアが尋ねる。
「少しだけ」
「なら」
ノアは自分の肩を軽く叩いた。
「眠るなら使うか?」
「え?」
「肩を貸す」
あまりにも自然に言われ、リゼリアは目を丸くする。
「いいわよ」
「遠慮するな」
「でも……」
「昨日は君が甘えてくれた」
「今日は俺が甘やかしたい」
その一言に、リゼリアは思わず笑ってしまう。
「何、それ」
「本音だ」
真面目な顔で返される。
少しだけ迷ってから。
「……少しだけ」
リゼリアはそっとノアの肩へ寄り掛かった。
肩越しに伝わる体温。
規則正しい鼓動。
不思議なくらい安心する。
「重くない?」
「全然」
ノアは嬉しそうに笑う。
「むしろ、もっと寄り掛かってくれていい」
「調子に乗らないで」
「駄目か?」
「駄目」
そう言いながらも、リゼリアは肩を離さなかった。
馬車が小さく揺れる。
その拍子に身体が少し傾いた。
ノアは何も言わず、リゼリアが揺れないよう肩をそっと支える。
その優しさが、胸に染みる。
「……ねぇ」
「ん?」
「一つ聞いてもいい?」
「ああ」
「私が前世を思い出したって分かった時。」
「怖くなかった?」
ノアは少しだけ考えた。
「怖かった」
正直な答えだった。
「全部思い出したら。」
「君は、きっと俺のことを嫌うと思った」
リゼリアは黙って聞いている。
「だから覚悟してた」
「君に突き放されても。」
「仕方ないって」
「……それでも。」
リゼリアが小さく呟く。
「私は今、ここにいる」
ノアは静かに頷いた。
「ああ」
「それだけで十分だ」
リゼリアはゆっくりと目を閉じる。
王都へ帰れば、また忙しい毎日が始まる。
前世のことも。
ノアとのことも。
簡単には答えなんて出ない。
それでも。
今だけは。
この温もりに身を預けてもいいのかもしれない。
そう思った。
馬車は穏やかな揺れとともに、二人を王都へと運んでいった。




