第五十五話 話して
別邸で過ごす最後の夜。
夕食を終えた二人は、暖炉の火が揺れる談話室で向かい合っていた。
穏やかな時間。
けれどリゼリアは、どこか落ち着かなかった。
「明日には王都へ戻る」
ノアが静かに言う。
「そうね」
「この数日、どうだった?」
突然の問いに、リゼリアは少し考える。
「……楽しかった」
素直な気持ちだった。
悔しいくらいに。
ノアは柔らかく笑う。
「それを聞けてよかった」
暖炉の薪が、小さく音を立てて弾けた。
「ノア」
「ん?」
「約束、覚えてる?」
「ああ」
「前世のことを、いつか全部話すって約束。」
ノアの表情から笑みが消える。
「……覚えている」
「全部じゃなくていい。」
リゼリアは静かに続ける。
「一つだけ教えて。」
「どうして、私を閉じ込めたの?」
部屋が静まり返る。
暖炉の火だけが揺れていた。
ノアは長い間、答えなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「怖かったんだ」
短い言葉だった。
リゼリアは目を見開く。
「怖かった?」
「ああ。」
ノアは自嘲するように笑う。
「君を失うことが。」
「だから閉じ込めたの?」
「……そうだ。」
リゼリアは首を横に振る。
「それじゃ理由にならない。」
「私には、あなたが怖かった。」
「なのに、あなたは私が怖かったって言うの?」
ノアはその言葉を否定しなかった。
「君の方が、ずっと苦しかった。」
静かな声だった。
「だから俺は間違っていた。」
リゼリアは黙って聞いている。
「君を守りたい。」
「君を失いたくない。」
「その気持ちだけで動いた。」
「君の気持ちを考えずに。」
ノアはゆっくりと視線を落とす。
「だから今度は違う。」
「君が自分で選べるようにしたい。」
「俺を許すか。」
「許さないか。」
「隣にいるか。」
「離れるか。」
「全部、君が決めればいい。」
リゼリアはその言葉に息を呑んだ。
前世のノアなら、絶対に言わなかった。
「……本当に?」
「ああ。」
「もし私が。」
「最後にあなたを選ばなかったら?」
ノアは一瞬だけ目を閉じる。
苦しそうに。
それでも。
「泣くと思う。」
苦笑しながら答えた。
「諦めも悪い。」
「きっと何日も落ち込む。」
リゼリアは思わず笑ってしまう。
「でも。」
ノアは真っ直ぐリゼリアを見る。
「君が幸せなら。」
「それ以上は望まない。」
その瞳は真剣だった。
リゼリアは胸の奥が熱くなる。
こんな言葉を聞きたかった。
前世で、一度でも。
もし聞けていたなら。
何かが変わっていたのだろうか。
「……ありがとう。」
小さく呟く。
ノアは少し驚いたように目を瞬かせた。
「今日は。」
リゼリアは立ち上がる。
「私の方から。」
一歩近付く。
ノアの前で立ち止まり。
そっと、その胸へ額を預けた。
「リゼ……」
「少しだけ。」
「このままでいて。」
ノアは何も言わない。
ただ、壊れ物を抱くように。
そっとリゼリアの背中へ腕を回した。
暖炉の火が静かに揺れる。
二人はしばらく、その温もりを確かめるように寄り添っていた。




