第五十四話 約束の意味
翌朝。
別邸の庭は、色とりどりの花で満ちていた。
朝露をまとった花々が、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
リゼリアは庭をゆっくり歩きながら、小さく息を吐いた。
「ここにいたのか」
振り返ると、ノアが二つのティーカップを持って立っていた。
「探した?」
「ああ」
ノアは苦笑する。
「目が覚めたら、隣に君がいなかったから」
「少し心配した」
その言葉に、リゼリアは思わず笑う。
「庭にいるくらいで?」
「君だからな」
即答だった。
「……重いわ」
「知ってる」
真顔で返され、リゼリアは吹き出す。
「否定しないのね」
「否定できない」
二人は庭に置かれた白いテーブルへ腰を下ろした。
ノアが紅茶を注ぐ。
「ありがとう」
カップを受け取り、一口飲む。
「おいしい」
「君の好みに合わせてもらった」
「え?」
「茶葉を変えてもらったんだ」
リゼリアは驚いたようにノアを見る。
「そんなことまで?」
「君が毎日飲むものだから」
あまりにも自然に言うので、思わず笑ってしまう。
「本当に……そういうところよ」
「嫌か?」
「……嫌じゃない」
その答えに、ノアは嬉しそうに目を細めた。
しばらく穏やかな時間が流れる。
花の香り。
鳥の声。
温かな紅茶。
まるで時間が止まったようだった。
「ノア」
「なんだ?」
「一つだけ約束して」
リゼリアはカップを置き、真剣な表情でノアを見る。
「これから先」
「私が嫌だって言ったことは、しないで」
ノアは少しも迷わず頷いた。
「ああ」
「約束する」
「本当に?」
「君との約束を破ったことはない」
その言葉に、リゼリアは少し考え込む。
前世のノアなら、その約束さえ守らなかった気がする。
でも今のノアは違う。
少なくとも、この人生では。
「じゃあ」
リゼリアはゆっくりと笑った。
「私も約束する」
「逃げないわ」
その言葉に、ノアの表情が固まる。
「……本当か?」
「ええ」
「ちゃんと話して。」
「ちゃんと向き合って。」
「その上で答えを出したい。」
「だから、それまでは逃げない。」
ノアは何も言わなかった。
ただ静かに立ち上がる。
「ノア?」
次の瞬間。
リゼリアはふわりと抱き締められていた。
「……ありがとう」
耳元で聞こえた声は、少し震えていた。
「ノア……苦しい」
「ああ、すまない」
すぐに力を緩める。
けれど腕は離さない。
「嬉しくて」
照れくさそうに笑うノアは、どこか少年のようだった。
リゼリアはそんな姿を見て、小さく息をつく。
「そんなに喜ぶ?」
「ああ」
「君が逃げないと言ってくれた。」
「それだけで十分だ。」
リゼリアは苦笑する。
「まだ許したわけじゃないわよ」
「分かってる。」
「だから待つ。」
ノアは優しく微笑む。
「君が心から笑ってくれる日まで。」
その笑顔を見たリゼリアは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
――この人は、本当に変わろうとしている。
そんな思いが、少しずつ心の中で大きくなっていた。




