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何度転生しても逃げられない  作者: S@Y@


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第五十一話 湖の上で


 翌朝。


 空は雲ひとつない快晴だった。


「今日は絶好の舟日和だ」


 別邸の桟橋で、ノアが小さな木舟へ乗り込む。


「気を付けて」


 差し出された手を見つめ、リゼリアは少しだけ迷った。


 それでも、そっと手を重ねる。


「ありがとう」


 舟が静かに湖へ滑り出した。


 水面は穏やかで、鳥の鳴き声だけが響いている。


「静かね」


「ああ」


「この景色が好きなんだ」


 ノアはゆっくりと櫂を漕ぐ。


 湖の中央まで来ると、舟はふわりと揺れながら止まった。


「ここなら、誰にも邪魔されない」


 リゼリアは湖を見渡した。


 どこまでも続く青い水。


 風が吹くたび、小さな波紋が広がっていく。


「綺麗……」


 自然と笑みがこぼれた。


 ノアはそんな横顔を、静かに見つめていた。


「……何?」


「いや」


「笑ってくれてよかった」


 また、その言葉。


 リゼリアは苦笑する。


「本当に、そればかりね」


「それだけで十分だから」


 ノアは迷いなく答えた。


 その真っ直ぐさに、リゼリアは視線を落とす。


 少しだけ。


 少しだけ聞いてみたくなった。


「……ねぇ、ノア」


「なんだ?」


「前世のこと」


 櫂を持つノアの手が止まった。


「覚えてるのよね」


「ああ」


「全部覚えてる」


 静かな返事だった。


 湖を渡る風だけが、二人の間を吹き抜ける。


「私も……少しずつ思い出してる」


 リゼリアは膝の上で指を握りしめた。


「あなたから逃げたことも。」


「泣いたことも。」


「怖かったことも。」


 ノアは何も言わない。


「……どうしてだったの?」


 勇気を振り絞って尋ねる。


「どうして、あんなに私を離してくれなかったの?」


 長い沈黙。


 やがてノアは、小さく息を吐いた。


「今ここで理由を話しても」


 静かな声だった。


「きっと君は納得できない」


 リゼリアは黙って聞いている。


「だから今は話さない」


「でも」


 ノアはリゼリアを真っ直ぐ見つめた。


「隠し続けるつもりもない」


「いつか全部話す」


 その瞳には、迷いがなかった。


「約束する」


 リゼリアはその言葉を聞き、ゆっくりと頷く。


「……分かった」


 まだ怖い。


 まだ許せない。


 それでも。


 逃げずに話そうとしてくれるノアを見て、ほんの少しだけ胸のつかえが軽くなった。


 その時。


 ふわりと風が吹き抜ける。


 リゼリアの帽子が宙へ舞った。


「きゃっ!」


 帽子は湖へ落ちそうになる。


 しかし。


 ノアは素早く身を乗り出し、その帽子を掴んだ。


「危ない」


「ありがとう!」


 リゼリアはほっと息をつく。


 ノアは濡れた帽子を軽く払うと、立ち上がった。


「動くなよ」


「え?」


 次の瞬間。


 ノアはリゼリアの前に膝をつき、そっと帽子を被せ直した。


 指先が頬をかすめる。


 目が合う。


 二人とも、何も言えない。


「……似合う」


 照れたように笑うノア。


 リゼリアは思わず吹き出した。


「ありがとう」


 今度の笑顔は、作ったものではなかった。


 その笑顔を見たノアも、つられるように笑う。


 湖の上には、穏やかな時間だけが流れていた。

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