第四十八話 ご褒美
街を歩く二人を、柔らかな風が包む。
手を繋いだまま、ゆっくりと石畳を歩く。
ふと、甘い香りが漂ってきた。
「いい匂い……」
リゼリアが足を止める。
焼き菓子の店だった。
店先には色とりどりの菓子が並んでいる。
「食べるか?」
ノアが微笑む。
「でも……」
「新婚旅行だ」
「今日は我慢しなくていい」
その一言に、リゼリアは小さく笑った。
「じゃあ、一つだけ」
◇ ◇ ◇
店の前に置かれた木製のベンチへ腰掛ける。
リゼリアは焼きたての小さなタルトを一口頬張った。
「おいしい……!」
思わず頬が緩む。
「そんなにか?」
ノアがくすりと笑う。
「だって、本当においしいの」
夢中になって食べていると。
ノアの視線を感じた。
「……何?」
「いや」
優しく目を細める。
「幸せそうに食べるなと思って」
「恥ずかしいから見ないで」
「無理だ」
「どうして?」
「可愛いから」
「っ……!」
また。
またそんなことを。
「もう!」
リゼリアは照れ隠しにタルトをノアの口元へ差し出した。
「そんなこと言うなら、ノアも食べて!」
一瞬だけ。
ノアは目を丸くした。
「……俺が?」
「そう」
「一口だけ」
ノアは少しだけ笑うと、そのままリゼリアの手を添えたままタルトを口にした。
「……甘いな」
「でしょう?」
嬉しそうに笑うリゼリア。
その笑顔を見たノアは、小さく息を吐いた。
「危ない」
「え?」
「君といると、理性が試される」
真っ直ぐ見つめられ、リゼリアはどきりとする。
「そんな顔で笑われると」
ノアは困ったように笑った。
「抱き締めたくなる」
リゼリアは慌てて視線を逸らした。
心臓がうるさい。
こんな言葉を、こんな真剣な顔で言われたら反則だ。
「……ノア」
「ん?」
リゼリアは少しだけ迷う。
昨日。
今日。
優しくしてもらった。
逃げた自分を怒りもせず、責めもせず。
そのことが胸に引っ掛かっていた。
「ありがとう」
小さく呟く。
「何がだ?」
「……全部」
ノアは少し驚いたように目を見開いた。
リゼリアは恥ずかしさをごまかすように立ち上がる。
「ほら、行こ──」
その瞬間。
ノアがそっとリゼリアの手首を掴んだ。
「リゼ」
「な、何?」
「ご褒美をもらってもいいか?」
「ご褒美?」
「君が笑ってくれたから」
その言葉に、リゼリアは思わず笑ってしまう。
「変なの」
「駄目か?」
ノアはどこか期待するような目で見つめてくる。
その表情が少しだけ可愛く見えてしまった。
「……少しだけなら」
リゼリアは背伸びをすると、そっとノアの頬へ唇を寄せた。
触れるだけの、小さな口づけ。
「!」
ノアの目が大きく見開かれる。
リゼリアは真っ赤な顔で慌てて離れた。
「い、今の忘れて!」
恥ずかしさのあまり走り出そうとする。
しかし、その手をノアは優しく握ったまま離さない。
「……忘れられるわけがない」
掠れた声だった。
普段は余裕を崩さないノアが、初めて動揺したように笑う。
「今のは……反則だ」
そう呟くノアの頬も、ほんの少しだけ赤く染まっていた。




