第四十七話 恋人みたいに
朝食を終えると、ノアが紅茶を口にしながら微笑んだ。
「今日は街を案内したい」
「街?」
「ああ」
ノアは頷く。
「この辺りは小さいが、穏やかでいい街なんだ」
リゼリアは少し迷った。
本当なら屋敷に残りたい。
けれど。
部屋に一人でいても、逃げ道を探してしまうだけだ。
「……行く」
その返事に、ノアは嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
◇ ◇ ◇
街は朝から賑わっていた。
パン屋からは焼きたての香り。
花屋には色鮮やかな花々。
子どもたちが笑いながら走り回っている。
「平和ね」
リゼリアが呟くと、ノアは優しく頷いた。
「ああ」
「君にも、こういう景色をたくさん見せたかった」
その言葉に胸がちくりと痛む。
(前の人生では……)
監禁されていた。
街を歩くことさえ、ほとんどなかった。
だからこそ、今この時間が夢のようだった。
「リゼ」
ノアが一軒の店の前で立ち止まる。
「入ってみよう」
店内には可愛らしい小物が並んでいた。
髪飾りや耳飾り、小さな鏡。
「わぁ……」
思わず目を輝かせる。
「好きなものはあるか?」
「見てるだけで楽しいわ」
そう言って棚を眺めていると、一つの髪飾りが目に留まった。
白い花を模した、小さな髪飾り。
綺麗。
そう思っただけで手は伸ばさなかった。
「気に入った?」
いつの間にか隣にいたノアが尋ねる。
「え?」
「さっきから、そればかり見ている」
「……見てただけよ」
ノアは店主を呼ぶ。
「これを」
「えっ?」
「ノア、いいわ!」
慌てて止めようとする。
「高そうだし……」
「君への贈り物だ」
「でも……」
「結婚祝いがまだだった」
ノアは穏やかに笑った。
「受け取ってくれないか?」
そんな言い方をされたら、断れない。
「……ありがとう」
店を出ると、ノアが立ち止まった。
「付けてもいいか?」
「え?」
リゼリアが頷くと、ノアはそっと髪へ手を伸ばした。
さらり、と金色の髪が指の間を流れる。
「……綺麗だ」
小さく呟きながら、髪飾りを留める。
「できた」
「どう?」
近くの窓ガラスへ映った自分を見る。
白い花が、思っていた以上によく似合っていた。
「素敵……」
自然と笑みがこぼれる。
「ありがとう」
振り返ると。
ノアは、そんなリゼリアを見つめたまま固まっていた。
「ノア?」
「……いや」
我に返ったように笑う。
「可愛すぎて、少し困った」
「っ!」
顔が一気に熱くなる。
「もう!」
「そんなことばっかり言わないで!」
恥ずかしくてノアの腕を軽く叩く。
するとノアは嬉しそうに笑った。
「やっと普通に話してくれた」
その一言で、リゼリアは動きを止める。
そうだ。
ここ数日、ずっと距離を置いていた。
今だけ。
ほんの今だけ。
昔みたいに笑ってしまっていた。
「リゼ」
ノアは優しく手を差し出した。
「もう少しだけ、恋人みたいに歩いてくれないか」
その言葉に、リゼリアは戸惑う。
恋人だった頃は、毎日こうして手を繋いで歩いていた。
あの頃に戻ったみたいだった。
戻れるはずなんて、ないのに。
それでも。
「……少しだけよ」
小さく呟き、そっとその手を取る。
ノアは何も言わなかった。
ただ、幸せそうに微笑んで。
その手を、二度と離したくないもののように優しく握り返した。




