第四十一話 別邸へ
翌朝。
屋敷の前には、一台の豪華な馬車が停まっていた。
「おはよう、リゼ」
ノアはいつものように眼鏡を掛け、穏やかに微笑む。
「おはよう」
リゼリアも笑顔を作る。
――演技。
この数日で、随分上手くなった。
「荷物は積み終わっています」
執事が一礼する。
「では、行こう」
ノアがリゼリアへ手を差し伸べる。
リゼリアは一瞬だけ迷い、その手を取った。
◇ ◇ ◇
馬車は王都を離れ、緑豊かな街道を進んでいく。
窓の外には森が広がり、小鳥のさえずりが聞こえてきた。
「綺麗でしょう」
ノアが微笑む。
「ええ」
それは本心だった。
こんな景色を眺める余裕なんて、前世ではほとんどなかった。
ふと気付く。
馬車の周囲には、護衛が四人。
公爵家の次男夫妻の移動としては、少し多い気もする。
けれど、不自然というほどではない。
(……意外)
もっと大勢に囲まれると思っていた。
ノアは窓の外を眺めながら言う。
「昼頃には街へ着く」
「街?」
「ああ。別邸へ向かう前に昼食を取ろう」
リゼリアは思わずノアを見る。
「街に寄るの?」
「君が好きな店がある」
ノアは穏やかに笑った。
「果実のタルトが美味しい店だ」
まただ。
前世の記憶。
今世では一度も話していない好みを、当たり前のように知っている。
「……ありがとう」
笑顔を作る。
でも心の中では別のことを考えていた。
街。
人が多い。
もし逃げるなら――。
その時。
馬車がゆっくりと止まった。
「どうした?」
ノアが護衛へ声を掛ける。
「申し訳ありません」
御者が外から答えた。
「前方で馬車が故障し、道が塞がれております」
「迂回は?」
「可能ですが、少々時間が掛かります」
ノアは少し考え、頷いた。
「分かった」
リゼリアはそっとカーテンの隙間から外を見る。
街道には何台もの馬車。
旅人。
商人。
荷物を運ぶ人々。
かなりの人通りだった。
(こんなに人が……)
胸が高鳴る。
もし、この人混みに紛れ込めたら。
ノアでもすぐには見つけられないかもしれない。
そんな期待が芽生えた、その時。
「リゼ」
「え?」
ノアがこちらを見ていた。
「外へ出て少し歩こう」
「ずっと馬車では疲れるだろう」
予想外の誘いだった。
リゼリアは一瞬だけ目を見開く。
そして。
心臓が大きく脈打った。
(もしかしたら――)
最初のチャンスが。
思ったより早く訪れたのかもしれない。




