第三十八話 実家
馬車は一時間ほど走り、エヴァレット公爵家へ到着した。
「リゼリア!」
玄関の扉が開くと、母が真っ先に駆け寄ってくる。
「お母様……!」
リゼリアは思わず母に抱きついた。
「もう、昨日お嫁に行ったばかりなのに」
母は嬉しそうに笑いながら、娘の頭を優しく撫でる。
「寂しくなってしまったの?」
「……少しだけ」
その言葉に嘘はなかった。
本当は今すぐ、この家へ帰って来たい。
もう二度とあの屋敷へ戻りたくない。
そんな本音は飲み込んだ。
「義母上」
後ろからノアが一礼する。
「昨日はありがとうございました」
「ノアくん、いらっしゃい」
母は満面の笑みを浮かべた。
「リゼリアをよろしくお願いしますね」
「もちろんです」
ノアは迷いなく答える。
「必ず幸せにします」
その言葉を聞いて、リゼリアの胸が痛んだ。
嘘じゃない。
この人は本気でそう思っている。
だから余計に苦しい。
◇ ◇ ◇
応接室では父も待っていた。
「二人とも、よく来た」
「お父様」
父は娘の顔を見ると安心したように頷く。
「元気そうで何よりだ」
「はい」
「ノア君」
「はい」
「娘は少々無茶をするところがある」
父は苦笑する。
「頼むから支えてやってくれ」
リゼリアは思わず顔を上げた。
(それを言わないで……)
そう叫びたくなった。
ノアは静かに微笑む。
「お任せください」
「リゼは、必ず私が守ります」
父は満足そうに頷いた。
「君なら安心だ」
リゼリアは何も言えなかった。
誰も知らない。
その『守る』という言葉が、自分にとってどんな意味なのか。
◇ ◇ ◇
昼食を終えた頃。
「リゼリア」
母が声を掛ける。
「少し二人で話しましょう」
「はい」
リゼリアの胸が高鳴る。
やっと。
二人きりになれる。
母の部屋へ向かおうとした、その時。
「でしたら」
ノアが穏やかに口を開いた。
「私はお義父上と執務のお話をしてきます」
「そうか」
父は嬉しそうに頷く。
「ぜひ聞かせてくれ」
ノアはリゼリアへ微笑みかけた。
「終わったら迎えに行きます」
「……ええ」
ようやく。
ようやく母と二人きりになれた。
部屋へ入るなり、母は嬉しそうに微笑む。
「どう? 新婚生活は」
その一言で。
リゼリアの喉まで出かかっていた言葉が止まる。
――助けて。
そう言えばいい。
言ってしまえば。
きっと両親は守ってくれる。
でも。
信じてもらえる?
あの完璧なノアが、監禁する人だなんて。
何より。
ここで騒ぎになれば、ノアはどうするだろう。
前世の記憶が頭をよぎる。
リゼリアはぎゅっと拳を握った。
「……幸せよ」
笑顔を作る。
「ノアは、とても優しいもの」
母は安心したように微笑んだ。
「そうでしょう?」
「見ていれば分かるわ」
「本当にリゼリアを大切にしてくれているもの」
その言葉が、胸に突き刺さる。
誰も。
誰一人として。
ノアの本当の姿を知らない。
そしてリゼリアは悟る。
味方になってくれると思っていた実家でさえ。
もう、自分の逃げ場所ではないのかもしれないと。




