第三十二話 一度目の人生
「……思い出した」
リゼリアは震える声で呟いた。
「全部」
初めて出会った夜会。
一緒に過ごした穏やかな日々。
花畑で交わした約束。
何気ない会話。
他愛もない笑い声。
一度目だけは違った。
閉じ込められることも。
監視されることも。
自由を奪われることもなかった。
ただ、ごく普通に恋をした。
「一度目のあなたは……優しかった」
ノアは静かに頷く。
「ああ」
「普通に恋をして」
「普通に愛してくれた」
「……なのに」
リゼリアは唇を噛んだ。
最後の記憶が蘇る。
冷たい石畳。
身体から失われていく熱。
必死に自分の名を呼ぶノア。
震える手で、自分を抱き起こそうとしていた姿。
そして――。
そこで記憶は途切れている。
「私は……死んだ」
「ああ」
ノアの返事は短かった。
「私の記憶は、そこまでしかない」
リゼリアはゆっくりと顔を上げる。
「だから分からないの」
「どうして二度目から、あなたが変わってしまったのか」
ノアはしばらく黙っていた。
静かな部屋に沈黙が落ちる。
やがて、小さく笑った。
「変わったんじゃない」
「……え?」
「壊れたんだ」
その言葉は、あまりにも静かだった。
「君が死んだ、その日に」
リゼリアは息を呑む。
「君は覚えていない」
「当然だ」
「君は先に逝ったからな」
ノアは窓の外へ視線を向ける。
「君がいなくなった世界で、俺が何を見て、何を思ったのか」
「それは俺だけの記憶だ」
リゼリアは何も言えなかった。
「ただ、一つだけ言える」
ノアは再びリゼリアを見る。
「二度と同じ後悔はしたくなかった」
「だから二度目は、君を守る方法を変えた」
「三度目も」
「四度目も」
「そして今回も」
迷いなく言い切る。
「何度やり直しても」
「俺は同じ選択をする」
その瞳に後悔はなかった。
あるのは、揺るぎない決意だけ。
リゼリアは理解した。
この男は、一度目の終わりで壊れた。
そして壊れたまま。
何度生まれ変わっても、自分だけを探し続けてきたのだ。




