第三話 私が選ぶ婚約者
「お父様、お願いがあります」
朝食の席で、リゼリアは真剣な顔で切り出した。
エヴァンローズ公爵は、手にしていた紅茶のカップをそっと置いた。
「どうしたんだい、リゼリア」
「私、将来の婚約者を自分で選びたいのです」
食堂が静まり返った。
母が目を丸くする。
執事が咳払いをした。
侍女たちは互いの顔を見合わせた。
「……婚約者?」
父がゆっくりと聞き返した。
「はい」
「リゼリア。君はまだ五歳だよ」
「分かっています」
分かっている。
分かっているからこそ、急がなければならないのだ。
いつ。
どこで。
あの人が現れるか分からない。
もし見つかったら。
きっとまた、終わる。
「夢を見たのです」
リゼリアは俯いた。
「とても怖い夢を」
嘘ではない。
あれは夢ではなく、記憶なのだけれど。
「だから、将来のことを自分で決めたいのです」
父と母は顔を見合わせた。
長い沈黙。
そして。
父は困ったように笑った。
「すぐに婚約を決めるわけにはいかないよ」
リゼリアの肩が落ちる。
だが。
「ただ、将来を見据えて交流する相手を探すことはできる」
「……本当ですか!?」
「ああ。ただし、父と母も一緒に考えること」
十分だった。
十分すぎた。
「ありがとうございます、お父様!」
リゼリアは、久しぶりに心から笑った。
◇ ◇ ◇
それから数日後。
リゼリアの部屋には、大量の資料が積まれていた。
同世代の貴族子息一覧。
「さて……」
リゼリアは腕を組んだ。
失敗は許されない。
今回だけは。
絶対に。
まず。
「権力者は駄目」
王族。
公爵家嫡男。
将来有望な後継者。
全員却下。
次に。
「女性に慣れている人も駄目」
甘い言葉は信用しない。
優しい笑顔も信用しない。
そして。
「私に興味を持ちそうな人も駄目」
これが一番重要だった。
リゼリアは次々と候補を消していく。
「駄目」
「これも駄目」
「論外」
「絶対駄目」
気づけば、山のようにあった候補者は数人になっていた。
そして。
「……あれ?」
リゼリアの手が止まった。
ノア・レイヴェルト。
レイヴェルト公爵家次男。
七歳。
性格――内向的。
社交――苦手。
趣味――読書。
特記事項――人見知りのため、夜会への参加経験なし。
リゼリアは、添えられた肖像画を見つめた。
銀縁の眼鏡。
黒髪。
少し伏し目がちな瞳。
整った顔立ちではあるが、どこか頼りなく見える少年。
「……次男」
跡継ぎではない。
「社交が苦手」
女性慣れしていない。
「人見知り」
積極的に迫ってくるタイプではない。
そして何より。
肖像画からは、恐ろしいほどの圧迫感も、支配欲も感じない。
リゼリアは、もう一度資料を読み返した。
そして。
三度目。
四度目。
五度目。
何度見ても、評価は変わらなかった。
「……この人だわ」
ぽつりと呟いた。
こんな人がいたなんて。
穏やかで。
優しくて。
目立たなくて。
きっと。
普通の人。
リゼリアの胸が高鳴った。
もしかしたら。
もしかしたら今度こそ。
普通に恋をして。
普通に結婚して。
普通に幸せになれるかもしれない。
リゼリアは、肖像画の中の少年を見つめ、小さく微笑んだ。
「……この人なら、きっと大丈夫」




