第二話 絶対に選ばない男
リゼリアは、その日から変わった。
「お嬢様、お外で遊ばれませんか?」
「いいえ」
「絵本をお持ちしました」
「あとで読むわ」
五歳の少女らしい無邪気さは消えた。
代わりに現れたのは、何かに怯え、何かを考え続ける少女だった。
夜になると、リゼリアは一人、机に向かう。
そして紙に書き出した。
『共通点』
震える手で、ペンを握る。
「落ち着いて……」
大丈夫。
今度は間に合う。
今度は、まだ会っていない。
だから。
絶対に失敗しない。
リゼリアは深呼吸をして、書き始めた。
『① 身分が高い』
一人目。
高位貴族。
二人目。
国の重鎮。
三人目。
権力者。
四人目。
……やはり、権力者。
「まず、権力を持っている男は駄目」
逃げられない。
隠れられない。
見つかったら終わりだ。
『② 顔が良い』
リゼリアは眉をひそめた。
認めたくはない。
認めたくはないが。
「……全員、顔が良かったのよね」
とても。
とても腹立たしいことに。
誰もが振り返るような美貌だった。
思わずペン先に力が入る。
「美形は駄目」
書いた。
即決だった。
『③ 最初は優しい』
これが一番たちが悪い。
誰も最初から恐ろしくはなかった。
優しかった。
穏やかだった。
甘かった。
そして。
気づけば逃げられなくなっていた。
リゼリアはぶるりと震えた。
思い出したくない。
思い出したくないのに。
『やっと見つけた』
耳元で囁く声が蘇る。
「……っ」
首を振った。
駄目。
思い出すな。
今は考える時だ。
泣く時じゃない。
『④ 私に執着する』
当然だ。
だって。
問題はそこなのだから。
リゼリアは、しばらく紙を見つめた。
そして。
「……つまり」
ぽつりと呟く。
「権力がなくて」
さらさら。
「顔が良すぎなくて」
さらさら。
「優しすぎなくて」
さらさら。
「私に執着しない男」
ペンが止まった。
……いるの?
そんな人。
いや。
いるはずだ。
いてもらわなければ困る。
だって。
私は。
私はただ。
普通の恋がしたいだけなのだから。
普通に出会って。
普通に恋をして。
普通に結婚して。
普通に老いて。
普通に死にたい。
たった、それだけだ。
四回も叶わなかった、その願いを。
今度こそ。
今度こそ叶えたい。
リゼリアは立ち上がった。
そして。
机の上の紙に、大きく書いた。
『先に婚約する』
そう。
これしかない。
彼が現れる前に。
彼が見つける前に。
自分で相手を選ぶ。
そして結婚してしまえばいい。
結婚相手がいる女を、さすがに奪ったりは――。
「……」
リゼリアは黙った。
いや。
あの人なら、奪う。
間違いなく奪う。
でも。
結婚相手が、十分な家格と後ろ盾を持っていれば?
そして何より。
私が心から愛していれば?
さすがに。
さすがに。
「……大丈夫」
まるで、自分に言い聞かせるように呟いた。
「大丈夫よ」
私は、もう子供じゃない。
四回も人生を経験した。
だから。
今度こそ失敗しない。
絶対に。
絶対に。
あの人から逃げ切ってみせる。
窓の外では、春の風が吹いていた。
リゼリアはまだ知らない。
彼女が必死に探している『安全な男』が。
既に。
彼女のすぐ近くにいることを。




