第一話 五度目の人生
「お嬢様! お誕生日おめでとうございます!」
祝福の声が響いた。
色とりどりの花で飾られた大広間。
大きなケーキ。
嬉しそうに微笑む両親。
今日は、公爵令嬢リゼリア・エヴァンローズの五歳の誕生日だった。
「ありがとうございます」
リゼリアは、小さく頭を下げた。
その瞬間だった。
頭の奥に、鋭い痛みが走った。
「……っ!」
目の前が真っ白になる。
誰かが叫んでいる。
「リゼリア!?」
「お嬢様!」
だけど、その声は遠い。
代わりに。
知らないはずの景色が、洪水のように流れ込んできた。
煌びやかな宮殿。
質素な商家。
雪の積もる辺境。
薄暗い路地。
そして。
優しい笑顔。
『愛している』
『やっと見つけた』
『逃げないで』
『君は俺だけを見ていればいい』
「あ……」
知っている。
知らない。
知っている。
全部。
全部、知っている。
◇ ◇ ◇
一度目の人生。
私は公爵令嬢だった。
恋をした。
愛された。
幸せだった。
そう思っていた。
けれど。
『君は俺だけを見ていればいい』
その言葉の意味を知った時には、もう遅かった。
私は愛され。
閉じ込められ。
そして死んだ。
◇ ◇ ◇
二度目の人生。
私は商家の娘だった。
前世のことなど、何も覚えていなかった。
普通に笑って。
普通に生きて。
普通に年を重ねていた。
あの日。
一人の男に出会うまでは。
『やっと見つけた』
その言葉を聞いた瞬間。
私は思い出した。
一度目の人生を。
そして。
また、彼に見つけられたことを。
◇ ◇ ◇
三度目の人生。
私は辺境伯令嬢だった。
前世など知らなかった。
けれど。
舞踏会で、ある男と視線が合った。
『会いたかった』
その笑顔を見た瞬間。
私は思い出した。
二度の人生を。
そして。
震えた。
また、なのだと。
◇ ◇ ◇
四度目の人生。
私は平民だった。
貧しかったけれど。
それなりに幸せだった。
けれど。
彼と出会った。
『ようやく見つけた』
その瞬間。
私は三度の人生を思い出した。
そして。
理解した。
私は。
何度生まれ変わっても。
この人から逃げられない。
◇ ◇ ◇
「……っ!」
リゼリアは飛び起きた。
呼吸が荒い。
頬は涙で濡れていた。
見慣れない部屋ではない。
見慣れた、自室。
夢ではない。
夢なわけがない。
だって。
私は知っている。
あの声を。
あの笑顔を。
あの瞳を。
「……また」
震える声が漏れた。
「また、生まれ変わったの……?」
怖かった。
もう嫌だった。
また見つけられる。
また愛される。
また逃げられない。
四回も。
四回も繰り返したのだ。
なのに。
その時。
リゼリアは、あることに気づいた。
「……待って」
私は今、何歳?
五歳。
そう。
五歳だ。
そして。
私はまだ。
誰とも出会っていない。
「え……?」
鼓動が早くなった。
今まで。
私はいつも、彼と出会った瞬間に記憶を思い出していた。
でも。
今回は違う。
出会う前に。
全部、思い出した。
「……まだ」
呟いた。
「まだ、間に合う……?」
初めてだった。
初めて。
彼に見つかる前に、思い出した。
つまり。
今なら。
今なら、逃げられるかもしれない。
涙が止まった。
代わりに。
胸の奥に、小さな希望が灯った。
「……そうだ」
リゼリアは、ぎゅっと拳を握った。
「先に結婚してしまえばいい」
彼が現れる前に。
彼が自分を見つける前に。
自分で相手を選ぶ。
穏やかで。
優しくて。
普通の人を。
そうすれば。
今度こそ。
今度こそ私は。
普通の恋をして。
普通に愛されて。
普通に幸せになれる。
――そう、信じていた。




