第二十八話 思い出した
「――っ!」
頭の奥を、何かが激しく叩いた。
「ぁ……!」
視界が揺れる。
息ができない。
こめかみを押さえ、その場に膝をついた。
「リゼ」
甘く名を呼ぶ声。
その声を聞いた瞬間だった。
忘れていた景色が、次々と脳裏に蘇る。
◇ ◇ ◇
『逃げないでください』
優しく笑う青年。
豪華な屋敷。
鍵の掛かった部屋。
『あなたを愛しているだけです』
そう言って、窓に鉄格子が取り付けられた。
◇ ◇ ◇
『少しでも危険な目に遭わせたくない』
穏やかな笑顔。
気が付けば護衛は何十人にも増え。
外出には必ず許可が必要になった。
『あなたは何もしなくていい』
『私が全部やりますから』
◇ ◇ ◇
『他の男を見る必要なんてありません』
指先で頬を撫でられる。
優しい声なのに、目だけが笑っていない。
『私だけ見ていてください』
◇ ◇ ◇
『逃げたんですか?』
静かな声。
怒鳴ってはいない。
なのに、一番怖かった。
『次は、絶対に逃がしません』
重い扉が閉まる。
鍵の音。
鎖の音。
自由を失う音。
◇ ◇ ◇
「……いや」
リゼリアは震えた。
違う。
思い出したのは、それだけじゃない。
四人とも。
最後に見せた笑顔が、同じだった。
同じ目。
同じ声。
同じ笑い方。
「そんな……」
ゆっくりと顔を上げる。
目の前には、眼鏡を外したノア。
口元に浮かぶ笑み。
その笑みが。
四度の人生の最後に見た笑みと、ぴたりと重なった。
「うそ……」
全身から血の気が引いていく。
「嘘……ですよね?」
震える声で尋ねる。
ノアは何も答えない。
ただ、愉快そうに微笑んでいる。
「違いますよね……?」
信じたかった。
優しい婚約者。
誠実な夫。
それが全部、嘘だったなんて。
信じられるはずがない。
けれど。
ノアは否定しなかった。
ゆっくりとリゼリアの頬へ触れ、愛おしそうに撫でる。
「やっと思い出したか」
その一言で。
最後の希望が、音を立てて崩れ落ちた。
目の前にいる男は。
間違いなく。
四度の人生で、私を逃がさなかった男だった。




