第二十七話 初夜
ゆっくりと扉を開ける。
「ノア」
微笑みながら迎えると、ノアも穏やかに笑った。
「失礼します」
部屋へ入り、静かに扉を閉める。
カチャリ。
鍵の掛かる音が響いた。
(そうですよね)
今日からは夫婦なのだから、鍵を掛けるのは当たり前。
リゼリアは特に気にしなかった。
「今日は、お疲れ様でした」
「ノアも、お疲れ様でした」
二人とも少し緊張している。
しばらく沈黙が流れ、思わず顔を見合わせて笑った。
「ふふっ」
「緊張していますね」
「はい」
リゼリアは頬を染める。
「その……こういう時間は初めてなので」
「そうですね」
ノアはゆっくりと歩み寄る。
一歩。
また一歩。
鼓動が速くなる。
(前世とは違う。)
一度目は高位貴族。
二度目は国の重鎮。
三度目は権力者。
四度目も、権力者。
身分も立場も違った。
けれど最後には、誰もが私を閉じ込めた。
だけど。
ノアは違う。
優しくて。
誠実で。
私を何より大切にしてくれる人。
だから怖くない。
「リゼ」
名前を呼ばれる。
「はい」
ノアの指先が、そっと頬に触れた。
その手は優しく、温かい。
「緊張していますか?」
「少しだけ」
「大丈夫です」
安心させるように微笑む。
「怖いことはしません」
「はい」
リゼリアも笑った。
やっぱり。
この人と結婚できて良かった。
心からそう思えた。
ノアはリゼリアの顎をそっと持ち上げる。
視線が重なる。
そして。
ゆっくりと眼鏡を外した。
「え……」
銀縁の眼鏡が机の上へ置かれる。
前髪をかき上げる。
その瞬間、空気が変わった。
優しげだった眼差しは、熱を帯びるように細められ。
口元には艶のある笑みが浮かぶ。
今までのノアとは、まるで別人だった。
「……ノア?」
思わず名前を呼ぶ。
返事はない。
代わりに、ノアはリゼリアの腰へ腕を回し、ゆっくりと引き寄せた。
「ノ、ノア……?」
こんな強引に触れられたのは初めてだった。
戸惑うリゼリアを見つめ、男は静かに口を開く。
「怖がるな」
低く甘い声。
敬語ではない。
その一言だけで、背筋がぞくりと震えた。
これは、私の知っているノアじゃない。
男はリゼリアの耳元へ唇を寄せる。
そして、愉しむように囁いた。
「君の初めては――」
リゼリアの呼吸が止まる。
「何度生まれ変わっても、俺だ。」
その言葉とともに。
忘れていたはずの記憶が、一気に溢れ出した。




