第二十六話 祝福の日
朝日が、花嫁の部屋を優しく照らしていた。
「お嬢様、お目覚めのお時間です」
侍女に声を掛けられ、リゼリアはゆっくりと目を開ける。
「……おはようございます」
「本日は、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
その言葉を聞いた途端、ようやく実感が湧いてきた。
――今日、私は結婚する。
◇ ◇ ◇
「少し緊張されていますか?」
侍女が髪を結い上げながら尋ねる。
「少しだけ」
リゼリアは鏡越しに笑う。
「でも、不思議と不安はありません」
「ノア様ですものね」
「ええ」
自然と頷けた。
何年も一緒に過ごしてきた。
優しくて、誠実で、穏やかな人。
だから安心して、この日を迎えられる。
「本当に幸せです」
その言葉に、侍女も嬉しそうに目を細めた。
◇ ◇ ◇
教会には、多くの貴族たちが集まっていた。
色とりどりの花が飾られ、パイプオルガンの音色が静かに響く。
「花嫁様のご入場です」
扉がゆっくりと開いた。
父に手を引かれ、一歩ずつ赤い絨毯を歩く。
祭壇の前にはノアが立っていた。
目が合う。
ノアは少し照れたように笑っていた。
その優しい笑顔を見た瞬間、リゼリアの緊張はふっと消えた。
◇ ◇ ◇
「新郎、新婦。誓いの言葉を」
二人は向かい合う。
「健やかなる時も、病める時も――」
一つひとつの言葉を大切に紡ぐ。
そして指輪の交換。
幼い日に選んだ指輪が、互いの左手薬指にはめられた。
「とても綺麗……」
思わず呟くと、ノアが小さく笑う。
「よくお似合いです」
「ノアも」
「ありがとうございます」
照れたように微笑む姿は、いつものノアだった。
◇ ◇ ◇
「誓いの口づけを」
司祭の言葉に、リゼリアは少しだけ緊張する。
ノアがゆっくりと近付いてくる。
「失礼します」
小さくそう囁いてから。
額へ、そっと口づけを落とした。
会場から温かな拍手が響く。
「おめでとう!」
「末永くお幸せに!」
祝福の声が飛び交う。
リゼリアは涙ぐみながら笑った。
ようやく。
ようやく手に入れた。
普通の恋。
普通の結婚。
普通の幸せ。
前世では決して叶わなかった夢が、今ここにある。
◇ ◇ ◇
披露宴も終わり、日が暮れ始める。
侍女たちが新しい部屋へ案内してくれた。
「こちらがお二人のお部屋です」
夫婦となった今日から過ごす寝室。
広い部屋の中央には、大きな天蓋付きのベッドが置かれていた。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください」
扉が静かに閉まる。
部屋にはリゼリア一人だけが残った。
胸がどきどきする。
いくら婚約期間が長かったとはいえ、二人きりで迎える夜は初めてだ。
「……緊張するわ」
鏡の前で深呼吸する。
もうすぐノアが来る。
優しい夫が。
愛する人が。
その時。
コンコン、と扉がノックされた。
「リゼ」
聞き慣れた、優しい声。
リゼリアは少し照れながら扉へ向かった。
「はい、今開けますね」
何も疑うことなく。
笑顔のまま、扉に手を掛けた。




