第十九話 婚約指輪
春。
柔らかな風が王都を包み始めた頃。
リゼリアは十歳。
ノアは十二歳になっていた。
婚約して二年。
互いの存在は、もう特別ではなく――。
なくてはならないものになっていた。
◇ ◇ ◇
「リゼリア」
朝食の後、父に呼ばれた。
「今日は街へ出掛けるぞ」
「街へ?」
「ああ。婚約指輪を見に行く」
「えっ?」
リゼリアは目を丸くした。
「でも……まだ早いのでは?」
「正式に身に着けるのは成人してからだ」
父は微笑む。
「だが、今から職人へ依頼すれば、お前たちだけの指輪が作れる」
世界に一つだけ。
自分たちだけの指輪。
そう思うだけで、胸が高鳴った。
◇ ◇ ◇
王都でも有名な宝飾店。
店内には、光を受けて輝く宝石が並んでいた。
「わぁ……」
思わず見惚れる。
「リゼリア様」
隣ではノアも少し緊張した様子だった。
「綺麗ですね」
「ええ」
職人がいくつかの見本を並べる。
「こちらは王族にも納めております――」
説明が始まる。
リゼリアは一つひとつ真剣に眺めた。
どれも美しい。
だけど。
どこか違う気がした。
「お気に召しませんか?」
職人が尋ねる。
「いえ……」
リゼリアは少し考えた。
「もっと、シンプルなものが好きです」
「シンプル?」
「はい」
豪華すぎるものより。
毎日着けられるような。
温かい指輪がいい。
「僕も」
隣でノアが小さく言った。
「同じです」
二人は顔を見合わせる。
そして、同時に笑った。
◇ ◇ ◇
結局。
二人が選んだのは、ごく細い銀色の指輪だった。
中央には、小さな青い宝石が一粒だけ。
「派手ではありませんが、とても人気のあるデザインです」
職人が説明する。
「お二人のお名前を内側へ刻むこともできます」
「名前……」
リゼリアが呟く。
ノアは少しだけ考えてから言った。
「あの」
「はい」
「名前だけじゃなく」
少し照れ笑いを浮かべる。
「日付も入れたいです」
「日付?」
「婚約した日です」
リゼリアは目を丸くした。
「覚えていてくださったんですか?」
「もちろんです」
ノアは少し不思議そうな顔をした。
「忘れる理由がありませんから」
その言葉に。
リゼリアの頬がほんのり赤く染まる。
「……私も」
婚約した日は。
一生忘れない。
そう思った。
◇ ◇ ◇
帰り道。
二人は馬車の窓から街を眺めていた。
「完成するまで一年ほど掛かるそうですね」
「はい」
「楽しみです」
ノアは微笑む。
「リゼリア様と同じ指輪を着けられる日が」
「私もです」
何気ない約束。
何気ない未来の話。
それなのに。
こんなにも幸せだった。
リゼリアは窓ガラスに映る自分の笑顔を見て、少しだけ驚く。
いつからだろう。
ノアの隣にいると、こんなにも自然に笑えるようになったのは。
きっと。
これから先も。
この人となら、穏やかな毎日を積み重ねていける。
リゼリアは疑いもしなかった。
その未来が。
誰にも壊されることはないと。




